敵艦隊に突っ込む役割を自ら引き受けた

この作戦の問題点は、突っ込んでいく先頭の船が集中砲火を受けるというものである。危険な役割。ネルソン提督はこれを自分で引き受けた。

何これ? ず~~~っっとマンガ? ホントに史実? 見たことあるよこれ。こういうマンガ読んだことあるよ。

【ネルソン】「敵の艦隊列に突っ込んで、分断しよう」
【部下】「何を言ってるんですか⁉ そんな作戦、見たことも聞いたこともない‼ 無茶です‼」
【ネルソン】「いや、やる。やるしかない」
【部下】「そもそも、突っ込んでいったら先頭の船は集中砲火を受けてしまいますよ! そんな役回りをやりたがるバカはどこにもいません‼」
【ネルソン】「いるんだよ……。ここに、な(心臓を親指でトン)」

読者が「と、尊い~~‼」ってなるヤツ。「山田@ネルソン提督推し」みたいなTwitterアカウントがいっぱい生まれるヤツだ。アイコンは多分ヘッタクソな手描きのネルソン提督のイラストだと思う。

ちなみに、親友のコリングウッド提督も「おいおい。お前だけにそんな面白い役回りを任せらんねえな」と同じ役割を引き受けてくれる。「コリングウッド提督推し」も生まれると思う。

それだけではない。ネルソン提督は死に方もカッコいい。銃弾飛び交う甲板の上で、彼は堂々と指揮を執った。手投げ弾がそこら中で炸裂し、次々に人が死んでいく血みどろの甲板で、優雅に淡々と歩き、指揮を執り続けた。

結果として、彼は射撃を受けてしまい、船の上で死ぬことになる。死ぬ前に残した言葉は「神に感謝する。私は義務を果たすことができた」である。超カッコいい。まさかの伏線回収。「英国は各員がその義務を果たすことを期待する」という開戦時の言葉と対応する死に方だ。ホントに台本ないの???

写真=iStock.com/retroimages
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船員たちをイラッとさせていた激励の言葉

このように、「開戦時のセリフ」「戦略」「死に方」の全てにおいてマンガっぽいネルソン提督は、まさに英雄になるべくしてなった人物という感じがする。

ところが、現実は必ずしも完璧ではない。

先ほどの説明では微妙にウソをついてしまった。申し訳ない。開戦についてのこの部分だ。

「これを受け取った船員は大歓声をあげ、圧倒的な士気で戦に臨んだとされている」

ここ、どうやらウソらしい。一部の記録ではこういう内容も伝わっているのだが、そんなに皆が喜んでいたワケではないようだ。それどころか、「英国は各員がその義務を果たすことを期待する」という信号を受け取った船員や艦長たちは割とイラッとしていたらしい。

当時の海軍の信号の出し方、皆さんには想像がつくだろうか?

言うまでもなく、無線通信はまだ発明されていない。信号は旗で出されていた。

つまり、信号が出される度に「必死で旗を解読する」というステップが必要になった。ここに時間も労力も取られる。有り体に言えば、めちゃくちゃめんどくさいのである。

めんどくささを実感してもらうために、実際に「英国は各員がその義務を果たすことを期待する」に対応する旗を見てもらおう(図表1)。

トラファルガー海戦の開戦時、ネルソン提督が各艦を激励するために出した信号旗(作=JW1805/PD-user/Wikimedia Commons