2月の時点では高かった高齢者のリスクは、夏場を迎えるまでにぐっと低くなった。ワクチン接種が進んだからだ。医療従事者の接種もほぼ終わったため、高齢者施設で陽性者が出ても感染は広がらず、せいぜい一人か二人で、ワクチンの効果もあって重症化することも少なくなった。

これは朗報だったが、逆に増えてきたのが若年層の患者だ。デルタ株での感染が拡大するなか、政府は慌てて入院方針を変更して原則自宅療養という方針を打ち出したが、そもそも新型コロナ患者について訪問診療、看護のノウハウを持っている組織はそう多くはない。千葉県や東京都の医師会が注目したのが佐々木たちの活動だった。

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医師一人で、1日10人が限界

首都圏最大のグループといっても常勤の医師は限られており、彼らもまた患者の容態に応じて地域の往診を一時的に止めたり、本来なら往診するところを後回しにしたりして、若年層の新型コロナ患者の治療にあたってきた。

最終的には、医師、看護師、ドライバーの3人1組で在宅コロナ専門往診チームを常時3チーム編成し、東京23区の面積の85パーセント、人口約800万人をカバーしたという。それでも見えてきた課題はこうだ。

一人の医師が朝から晩まで自宅を訪問し、患者を診て回ってもせいぜい1日10人が限界である。次の日にも新たに10人を診察し、10日で100人の患者を診たとしよう。だが、積み上がった患者100人のフォローまで現実にはできない。

容態確認の電話を医師が担当し、一人につき5分かけたとしても相当な時間を取られる。容態が悪化したときの受け入れ先はどこの病院になるのか。受け入れを断られたときの対応をどうするのか。具体的なオペレーションが描けなければ、方針変更は絵に描いた餅となってしまう。

佐々木のように重症病床とは違った意味で、現場の最前線にいる医師は「なぜもっと効率的に運用できないのか」という場面に幾度となく遭遇してきた。病床が簡単に増やせないのなら、退院の基準を見直す、あるいは診察に関わる医師や看護師を増やすしか方法はない。

熱などの症状が出ても歩けるという患者ならば、通常の病気と同じように、最初に医師が診察して解熱剤を処方し「それでも良くならなければ、また来てくださいね」で済むケースも多々ある。だが、2021年の夏を過ぎても、発熱患者すらまともに診察しないという方針を掲げている医院は少なくない。

掛け声だけで終わった「次の波」への備え

本来ならば、新型コロナ患者の在宅ケアで主軸を担うはずの訪問看護にしても課題が残っていると彼は考えていた。医師が早期から介入して、訪問看護師に指示書を出せば、在宅での酸素投与やステロイドの処方、抗菌薬や解熱剤や点滴の投与といったバリエーションで治療に取り組める。だが、ここでも佐々木たちのように関わろうとする医師はまだ少ない。

感染爆発が起きているときは、中等症患者を集める大規模施設を造った方が一軒一軒、自宅を訪問するよりも効率的なのに、すぐにそうした手が打たれない。注目された抗体カクテル療法にしても、この時点では訪問診療では使えなかった。もし、使うことができれば早期回復、効果的に命を救える医療は可能になっていた。