新型コロナウイルスの国内感染者数が急減している。日本のコロナ対策は世界の中でも成功事例と呼べるのだろうか。ノンフィクションライターの石戸諭さんが取材した――。

※本稿は、石戸諭『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

夕暮れ時のオリンピックスタジアムの空中写真
写真=iStock.com/tore2527
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新型コロナウイルスのもう一つの現場

現実を動かそうとした、一人の医師の話である。

東京オリンピック期間中に新型コロナの新規感染者数が東京では5000人を超える日もあり、「過去最多」を更新し続けた。いつの間にか「災害」という言葉で語られるようになった。

オリンピックに携わった現場の医療従事者の力もあって、選手村で大量のクラスターが発生するという事態は避けられた。他方である有名医師はオリンピック開催に執着した菅義偉政権を声高にテレビで批判し、熱狂的な支持と賞賛を集めた。

だが、この医師が新型コロナの特効薬候補と言われながら、この時点でまったく効果が証明されていない薬を実際の診療で使うと宣言したことに集まった批判は注目されないままだった。

オリンピック開催中に病床は逼迫し、入院もできない患者が次々と現れるなか、危うい特効薬候補に飛びつくことなく、在宅医療というもう一つの現場で動き出した医療従事者がいた。

首都圏で最大規模の訪問医療を提供する「医療法人社団 悠翔会」の理事長・佐々木淳が、普段はまったく接点のない患者の診察が明確に増えてきたと感じたのは、2021年7月も後半に差し掛かった頃だった。

在宅医療の主要な患者は高齢者、それも継続的、計画的な医療が必要な高齢者である。悠翔会は首都圏に17拠点、沖縄に1拠点、医師は96人、そのうち常勤医は46人で、約6400人の在宅患者を抱える(この数字はいずれも2021年9月時点)。

佐々木たちは今では第1波と呼ばれるようになった2020年春の流行時も、訪問診療を積極的に続けてきた。患者の中には新型コロナ陽性者もいたが、避けることなく現場でノウハウを積み上げてきた。