横田滋さんは講演の依頼を断らない人だった
横田滋さんの死去については新聞各紙が一斉に社説で取り上げた。2020年6月7日付の朝日新聞の社説はこう指摘し、滋さんの死を弔う。
「滋さんは、拉致被害者家族連絡会の代表に就き、妻の早紀江さんとともに全国で1400回以上の講演に駆け巡った」
「やさしい表情で親の情を貫徹する姿を通じて、北朝鮮問題の現実を知り、被害者に思いを寄せた人々は数知れない。重く、つらい人道問題の象徴的な存在だった」
滋さんは講演の依頼を断らなかった。その講演で話す、滋さんのめぐみさんを思う心根に感動した人は多かったはずだ。沙鴎一歩もその1人である。
朝日社説は「2月には有本恵子さんの母、嘉代子さんが亡くなった。未帰還の政府認定被害者の親で生存しているのは、(横田)早紀江さんと有本恵子さんの父の明弘さんだけになってしまった」と高齢化の問題も指摘する。安倍政権はこれまで以上に全力で拉致問題に取り組んでほしい。
最後に朝日社説は「日朝間には、(2002年9月の小泉首相訪朝の際の)平壌宣言を踏まえて6年前に結んだ『ストックホルム合意』がある」と指摘し、こう主張する。
「当時、横田さん夫妻がモンゴルで孫娘と面会したことで機運が生まれ、この合意ができた。滋さんの遺志を引き継ぐためにも、安倍政権はこの合意にもとづく交渉を再開させるよう全力を注ぐべきだ」
この朝日社説の主張は正しいと思う。なぜなら安倍政権は、日朝平壌宣言とストックホルム合意を有効に利用していないからである。
安倍首相は就任前から「拉致問題解決」を使命とするが…
毎日新聞の社説(6月7日付)は後半で安倍政権に発破をかける。
「会談に官房副長官として同席した安倍晋三首相は拉致問題での強硬姿勢で存在感を高めた。政権に就いてからは自らの手で解決する決意を繰り返し語ってきた」
会談とは、小泉首相訪朝の際の金正日総書記との会談のことである。安倍氏は首相に就く前から拉致問題解決を自らの使命に挙げている。政治的に利用するのはまだ許せるが、一度ぐらいは解決に政治生命をかける強い意志を示し、その結果を私たち国民に見せてほしい。
毎日社説も指摘する。
「ただ取り組みは、ほとんど実を結んでいない」
「14年のストックホルム合意では北朝鮮に再調査を約束させたが、何も得られないまま終わった」
「その後は核・ミサイル問題と同時に解決を図ろうとトランプ米大統領の『最大限の圧力』路線に同調したが、昨年5月には一転して無条件の首脳会談を金正恩朝鮮労働党委員長に呼びかけた。北朝鮮が前年に米韓との対話路線に転じたことを受けたものだが、いまだに反応はない」
要は、金正恩氏は安倍首相を相手にしていないのだ。金正恩氏はトランプ氏と直接交渉できればそれで十分だからである。安倍政権は前述したように、拉致問題の包括調査などを盛り込んだストックホルム合意などを駆使して国際社会に日本の立場を主張して北朝鮮に圧力をかけていかなければ、秘密のベールに覆われた拉致問題の解決はできない。