現場に入りたがるCEOは迷惑か?
もし、大きな物差ししかイーロンが持ってなかったら、小さな物差しで日々動く現場の問題をイーロンは理解することができず、製造現場のやる気は下がってしまう。その結果、イーロンと部下との間に大きな溝が出来て、テスラは倒産したのではないか。
では、逆に、小さな物差ししか持ってなかったら、大きな目標は決して掲げられない。そうなると世間の注目も集まらないし、多額の資金も獲得できなかっただろう。
CEOが製造ラインに入って、工場で寝泊まりしては必死に働いている姿を目の当たりにすれば、現場の社員のモチベーションは上がる。自分たちの仕事の苦労が分かってもらえ、仕事への情熱が沸く。
ただし、イーロンが現場で必ず最適の判断を下すとは限らず、時には混乱や、社員の離反を招くこともあった。だが、総じてみれば、イーロンのありえない働き方は、これまでのところ見事に成功している。テスラの時価総額が1兆ドルを突破したことが何よりの証左だ。
イーロン・マスクの「過大な使命感」と「過剰な自信」
テスラの最初のEV「ロードスター」の時も、高級セダン「モデルS」の時もイーロンは製造現場に入って出荷台数を上げるべく奮闘してきた。
だが、なぜ大富豪のイーロン・マスクは現場に入りたがるのか?
イーロンには、人類と地球を救うという「過大な使命感」と、それは自分にしかできないという「過剰な自信」に突き動かされているからだ。話を2002年に遡ろう。この年にスペースXを興したのだが、その目的は、人類を火星に移住させるためのロケットを作ることだった。
環境悪化が進む地球で人口がこれ以上増えれば、人類はいずれ地球で暮らせなくなる。ならば、人類は他の惑星でも暮らすことができる“多惑星種”になるべきとイーロンは考えた。他の惑星とはつまり火星で、火星に移住し文明を築くためには地球間を何度も往復できる安いロケットが必要だ。
しかし、すぐに火星ロケットが作れるわけではなく、その間も地球温暖化は進んでいく。そこでCO2をまき散らすガソリン車に代わってEVを普及させようとテスラの経営に乗り出したのだ。
トヨタは自社の車を売ることが一番の目的だが、テスラは違う。持続可能エネルギーへの世界的な移行を推し進めることがテスラの目的だ。だからテスラは太陽光パネルを製造し、家庭用から発電所用の大規模まで対応する蓄電池製品も作り、垂直統合型のエネルギー企業となった。
この経営姿勢は当時は理解してもらえなかったが、SDGsが叫ばれるようになり昨今やっと世間がイーロンの発想に追いついた。