「通学中に電信柱にでも頭をぶつけたのでは?」

その後、この事故による処分回避を希望する9000人以上の署名が集まり、教育委員会に提出されました。神奈川県のB道場などが発起人になり、全国の柔道指導者、道場の子どもの保護者や学生らに協力を要請したそうです。高校や大学、所属団体で先輩後輩の絆の強い柔道界で、全国覇者の顧問の存在は大きかったのでしょう。

私は、近所のスーパーで柔道部の保護者から「いつまでA先生を困らせるの?」と責められるようになりました。うつ状態になり、夕方買い物に行こうとしても玄関でドアが開けられなくなりました。

学校や教育委員会に対し「なぜこのような事故が起きたのか?」と質問し、教育や柔道の専門家に調査分析を依頼してほしいと懇願しましたが、教育委員会からは「調査の結果、けがの理由になるものは何も見つからなかった」との回答でした。教育主事からは「息子さんは学校に行く途中に電信柱にでも頭をぶつけたのではないか」とも言われました。関係する大人たちすべてが息子の事故に真摯しんしに向き合わず「あいにくの事故」という対応に終始しました。当時はSNSもなく、一度もメディアで報道されることはありませんでした。

報道をきっかけに書類送検されるも嫌疑不十分で不起訴

ところが、事故から1年2カ月が経過した頃、思いがけない事態になりました。学校のだれかが息子が重傷を負ったことを、メディアにリークしたのです。

私たちもそこで初めて取材を受けました。記者の方は「傷害事件じゃないか」と口々に言っていました。あるテレビ局のディレクターは「小林さんからも警察に行ったほうがいい」と電話番号まで渡してくれました。その後、テレビ・新聞各社が息子の事件を一斉に報道。私たちが行かずとも警察の知るところとなり、捜査が始まったのです。

顧問Aは傷害容疑で書類送検されたものの、検察は嫌疑不十分で不起訴にしました。その後、検察審査会が不起訴不当とし、再捜査になったにもかかわらず、たった1週間でまたもや不起訴となり、そのまま捜査は終了しました。刑事責任が問われなかった理由は「柔道場で柔道着を着て柔道技を使えば、どこからが犯罪で、どこまでが柔道か、線引きは難しいので立件はできない」でした。

検察のこの「疑わしきは認めない」というとらえ方は、私たちが起こした民事裁判でも同様でした。顧問による日常的な暴力について、「可能性がある」としながらも「故意に暴行を加えたとまでは認められない」という判決内容でした。