家族全員が容疑者
自宅で人が亡くなった場合、疑われるのはまず同居人であり、全員が容疑者として取り調べを受けた。家族全員の携帯電話が没収され、互いに連絡を取り合うことができなくなった。
最も疑われていたのは真奈美で、第一発見者の兄も連日厳しい聴取を受けていた。すべて正直に答えているが、「やっていない」「知らない」と言うと、警察官に「噓つくな!」と大声で怒鳴られ、机を叩かれた。
このとき真奈美は、他の家族も翼の死に関係しているのではないかと考えていた。父親は、翼と血が繫がっていないのだから、亡くなったとしても何も感じないのではないか。兄も心のどこかで翼の存在を疎ましく思っていたのかもしれない。
裁判が結審するまで家族との面会は禁止されており、家族全員で自分を陥れたのかもしれないと思うようになっていた。
裁判で健一は、真奈美が積極的に翼を虐待していたと主張していたが、それも健一の策略なのではないかと考えた。健一が早く解放されれば、必ず助けに来てくれると信じていたのだ。
刑務所に収監された真奈美は、この先、家族と会うつもりはなかった。
どこの刑務所に収監されたのか、家族であっても知る権利はなく、手紙を出さなければわからない。ところが、敏子さんと父親は真奈美を捜し、面会に行った。そして徐々に真奈美は、健一に騙されていた事実に気がついていった
「弟を助けられなかったことは、とても後悔しています。あのとき翼が犠牲にならなければ、他の家族も殺され、私も無期懲役や死刑になっていたかもしれません。そう考えれば、刑務所生活も仕方のないことだったと思うようになりました」
出所した真奈美は、母親の敏子さんと一緒に介護の仕事をするようになった。
洗脳に気が付かないまま裁判を終えているケースも
洗脳を利用した殺人事件は、2002年に発覚した北九州監禁連続殺人事件、同じく2002年の「黒い看護婦」と呼ばれた福岡四人組保険金連続殺人事件、2012年の尼崎事件など、世間の耳目を集めた事件以外にも実は日本中で起きているのです。
本件のように、本人が洗脳されていることに気がついていないまま裁判を終えているケースも多々あるのではないかと推測されます。事件の背景に「洗脳」があることは、出所した真奈美さんの話から判明したことで、裁判でも言及されることはなく、報道でも鬼畜の男女による少年の虐待死として処理されていたのです。
翼君は顔に痣ができるなど相当な暴行を受けながらも、被害状況を誰にも打ち明けることができませんでした。真奈美さんも身体的暴行からは逃れたものの、精神的には酷く傷つけられていました。
健一は父や兄も取り込んでいることから、真奈美さんが下手な行動を取れば、弟だけでなく他の家族にまで危害が加えられる恐れを抱いていたはずです。