姉と交際相手から日常的に暴力を受けていた弟

児童相談所(児相)は翼君と面談をしていたが、本人は暴行を否定し、怪我の理由については「自転車で転んだ」と説明していた。児相は一時保護を提案したが、翼君に断られ、保護には繫がらなかった。

絶望と不安の若者が自宅で一人で座っている
写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat
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警察は、翼君の姉(20歳)と、姉の交際相手の男(30歳)を逮捕した。

姉と交際相手は同居しており、ふたりとも無職。翼君は使い走りをさせられており、朝から晩までアルバイトをさせられ、月10万円ほどの給料は、姉の口座に振り込まれていた。翼君の仕事先の従業員は、翼君の顔の半分が青く腫れあがっている姿を見ていた。

会うたびに痩せていき、頭を坊主にし、顔の痣を帽子で隠していたこともあった。心配して様子を尋ねると「自転車で転んだ」「ゲームセンターで喧嘩した」などと言い、心配するようなことはないと笑っていたという。

警察は、姉と交際相手は日常的に翼君に暴行を加えており、亡くなる前日、暴力がエスカレートした結果、死亡させたと判断した。

裁判で姉は無罪を主張。交際相手は姉が暴行したと訴え、両被告の主張は対立した。両被告はともに、供述調書は警察による強引な取り調べによって作成されており、証拠としての信用性がない旨を主張したが、裁判所は両被告の主張を退け、姉に懲役15年、姉の交際相手に懲役16年の判決を言い渡した。

判決では、暴行はふたりが共謀して行ったものと認定しており、傷害と傷害致死については両者に等しい刑が科されていた。

会社役員を名乗る長女の交際相手

村山家は、事件が起きるまでごく平凡な家庭だった。

田舎の大きな一軒家で敏子さんの夫の両親と二世帯で暮らしていた。子どもは長男と、長女の真奈美(仮名)、そして次男の翼で、兄弟仲のよい家族だった。兄は学校では人気者だった。気が弱くていじめられっ子の翼を、気の強い真奈美がいつも守ってあげていた。

思春期に差し掛かると、真奈美は学校生活がうまくいかず、不登校になった。真奈美は勉強もスポーツもよくできる兄に劣等感を抱くようになった。常に比較されているように感じ、親との仲も悪くなり、高校を中退し都市部に出てアルバイト生活をするようになった。

ある日、真奈美は彼氏を連れて帰省してきた。その男性が今回の事件の主犯格である工藤健一(仮名)であり、真奈美より10歳年上だった。健一の父親は会社を経営しており、健一は会社役員という肩書きだった。

真奈美が勤務していた飲食店の常連客で、著名人にも知り合いが多いとよく話していた。真奈美は、自分の知らない世界にいる健一に魅力を感じ、結婚を前提とした交際を始めたということだった。

敏子は、健一が仕事をしている様子がないことがひっかかったが、真奈美から信頼している相手だと言われ、ふたりの交際に異を唱えることができなかった。真奈美の父親は、健一を歓迎した。