わずかな差しかなかった“夏の甲子園”

今から15年前の2006年夏の全国高校選手権大会。決勝戦は斎藤佑樹率いる早稲田実業高校と田中将大率いる駒沢大学附属苫小牧高校となった。斎藤は初回から投げ、田中は3回途中から投げ、1対1のまま延長15回まで両者譲らず、引き分け再試合となった。

再試合は9回に駒大苫小牧が1点差まで詰め寄るが、斎藤が最後のバッターとなった田中将大を空振り三振に仕留め、4対3で早実が悲願の初優勝を遂げた。この時点で両投手の差はほんのわずかだったと言っていいだろう。

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斎藤は平均135キロの速球を軸にコントロールの良さを持ち味とする頭脳派投手。一方、田中は平均145キロの速球とスライダーを武器とするパワーで抑える肉体派投手。お互いの持ち味を存分に発揮して甲子園の頂点を競ったわけで、どちらも秋に行われるプロ野球ドラフト会議の目玉になるはずだった。ところが、斎藤は事前に早稲田大学進学を宣言、プロ入りしたのは田中だった。

日体大荏原高校から中央大学を経て読売巨人軍に入り、川上巨人V9に代打ホームランなどで活躍し、後に広島、ヤクルトに在籍した萩原康弘氏は言う。

「プロとアマのレベルはまったく違う。百戦錬磨でパワーも技術もある打者を抑えられるとすれば、投手はまず、打者に脅威を与える球をもっていなければならない。当たったら痛い球か、痛くもない球か。高校卒業時点で、田中の球は痛く思え、斎藤の球は痛いと思えない。よって、田中のプロ入りは当然。そして、斎藤の早稲田大学進学も賢明だったと思う」

アマの世界もプロの世界も知り尽くした萩原氏の言葉だけに真実である。田中の球は球速球質とも抜群で重く球威があり、しかも回転良く手元で伸びてホップした。斎藤の球は球速も人並みなら球威も乏しく、プロには打ちやすい球だったということだろう。

大学野球に革命を起こすほどの人気と実力

しかし、斎藤がプロ野球から引退する今、斎藤が高校卒業と同時にプロ入りしていれば、もっともっと活躍できたのではという声もある。

実際、斎藤は1年春から東京六大学で活躍して早稲田大学を優勝に導き、全日本大学野球選手権でも33年ぶりの優勝を遂げた。秋もリーグ優勝を果たした。2年時は7勝を挙げてリーグ優勝に貢献。3年時はフォームを崩してリーグ優勝を逃すも、最終学年の4年時で復活。秋のリーグ戦は慶応大学と優勝を懸けた最終戦で8回途中までノーヒットノーランの好投を見せ、10対5で早稲田が優勝。神宮球場は興奮のるつぼと化し、「都の西北」が高らかに歌われた。

斎藤は夏の甲子園からハンカチで汗を拭くことから「ハンカチ王子」と呼ばれ、端正なルックスもあって人気沸騰。早稲田大学での活躍により、東京六大学がテレビ放映されるなど、大学野球に革命を起こすほどの人気と実力を誇った。当然、ドラフトでは超目玉、4球団が1位指名。交渉権を得た日本ハムに入団したのである。