思い立ったら即行動の森さんは、遠藤先生が働く東京大学内の施設、東大総合研究博物館(東大博物館)を訪ねた。そこで、本を読んで感銘を受けたことを伝え、「解剖を学んで、標本作りができる人間になりたいんです」と訴えると、遠藤教授は、「それはいいね」と言った後に、森さんが予想もしなかった言葉を発した。

「じゃあ、時々ここに来て、解剖したらいいよ」

森さんは、この時、単なるフリーター。それにもかかわらずあっさりと受け入れられて拍子抜けするとともに、遠藤教授の度量の広さに感嘆。間もなくして仕事を辞め、東大博物館に通い始めた。2008年5月のことだった。

解剖三昧の日々のなかで見失った目標

一般には知られていないことだが、動物園や水族館で動物が亡くなると、大学や博物館に連絡が入る。学術目的で解剖したり、標本を作ったりするという目的が共有されているからだ。

日本中の博物館の冷凍庫に様々な種類の動物の亡骸が収められていて、バックヤードでは職員や学生が毎日のように解剖をし、標本を作っている。動物園でしか見たことのない動物を解剖するのは、森さんにとって強烈な体験だった。

「最初の頃は、すごくドキドキしました。良し悪しとは別次元のよくわからない罪悪感みたいなものもあったし。当時はけっこう解剖の夢を見ましたね」

数カ月もすると慣れてきて、それまで外見しか知らなかった動物の体の構造を学ぶことが楽しくなってきた。コスプレするために豚のラバーマスクをリアルに作りたいという最初の動機は、次第に記憶の片隅に消えていった。

その頃、遠藤教授から「大学院に入ったら?」と誘われ、受験を決意。時間がたっぷりあった無職の森さんは必死に勉強をして、東大の農学部と理学部の大学院に合格した。理学系研究科に進み、2009年4月、晴れて東大の大学院生として解剖三昧の日々を送るようになった。

「解剖して、その先になにがしたいのか」

それから修士課程2年、博士課程4年、計6年間を東大博物館で過ごした。その間にひと通りの動物を解剖し、珍しいところではコアラ、ゾウ、キリン、ホッキョクグマも手掛けた。

写真=筆者撮影
森さんのノート

それは貴重な経験になったものの、入学時の目的だった「標本を作りたい」という想いは薄れていた。東大博物館に標本作りに長けた人がいて、自分の出る幕はないと感じたせいもある。それもあって、いつしか「解剖して、その先になにがしたいのか」を思い悩むようになった。

2015年、博士論文を書き上げて、ついに燃え尽きた。もう解剖もしたくないし、論文も書きたくない。

「研究の世界からおさらばしよう」と思い、就職活動もせずに大学院を卒業。なにひとつやりたいことが思いつかないままぼんやりと過ごしているうちに、生活費にも事欠くようになった。

ある日、国立科学博物館の「モグラ博士」として知られる川田伸一郎さんから、突然連絡があった。要約すると、次のような話だった。