「何人かの非常勤職員が就職して、ポストに空きがでたからいろいろな人に声をかけているけど、断られ続けて、最後にお前に連絡した。俺はお前を推してる訳じゃないし、来て欲しいと思ってる訳じゃないけど、どうだ?」

率直すぎて、むしろ爽快感すらあるこの誘いに、森さんは乗ることにした。

「お金がなくなったので、行きます」

こうして2015年5月、国立科学博物館の動物研究部支援研究員の職を得た。

造形への想いが唐突に蘇った

森さんのポジションは、実業家としてハワイで大成功した日系2世、ワトソン・T・ヨシモトさんの財団からの寄付金で雇用されていた。ヨシモトさんは自身が所有していた剥製を国立科学博物館に寄贈しており、「ヨシモトコレクション」として保管、展示されている。

森さんはこのヨシモトコレクションに関する研究をするのが、ミッションだった。新しいことに取り組んで刺激を受けているうちに、自分を見つめる時間もできた。そしてある時、ハッとした。

「僕はなんのために解剖してきたのか。学者になるためじゃない。造形をしたかったからだ」

いつの間にか忘れていた造形への想いが唐突によみがえった森さんは、すぐに行動に移した。同年7月、ハリウッドの特殊メイク業界で長年活躍しているキャラクターデザイナー、片桐裕司さんが開催している3日間の造形セミナーに参加。そこには、「リアルな造形の感覚をつかみたい」という3DやCGのアニメーターたちが多く受講していた。

彼らと話をしていて、森さんは10年近く前の自分を思い出した。彼らは「馬の関節とかもう少しちゃんと知りたいんだけど、参考資料が少なくてぜんぜんわからないんだよね」と言いながら、うなずきあっていたのだ。そう、豚のラバーマスクを作る時に森さんが感じていたことだ。

人生を変えた造形セミナーでの出会い

この時、「動物について知りたい人たちと、生の情報をつなごう!」と思い立った。それは、1メートル先も見えない濃い霧が晴れていくような感覚だった。

「それまでの数年間、俺はなんのために生きているのかってずっと鬱々としていたんですけど、このセミナーでの出会いによって、ようやく自分が目指すべきことが見つかった気がしました」

ちょうどその頃、大学院時代の先輩からたまたまフォトグラメトリという方法があることを教えてもらう。調べてみると、高性能のデジカメで物体を様々な方向から撮影し、数百枚の写真をコンピューターに取り込み解析して、3Dモデル化する手法だった。当時はフォトグラメトリの黎明期れいめいきだったが、無料のソフトや手法の解説がネット上にあり、「やってみるか」と試してみたら、「案外できる」と手ごたえを得た。

標本の3Dデータ
写真=筆者撮影
標本の3Dデータ

同時期に、筑波大学で働いていた造形セミナーの仲間のオフィスを訪ねた。国立科学博物館の研究室も筑波にあり、通りを挟んで向かい側という距離だったのだ。

そこで目にしたのは、当時登場したばかりの3Dプリンタ。これが想像以上のクオリティで、これならフォトグラメトリで3Dモデル化したデータを3Dプリンタで具現化できるかもしれない! と興奮した森さんはすぐに研究費で3Dプリンタを購入した。