被害者が非難、差別されるのは珍しいことではない

新型コロナは感染力は強いのですが、若い人や壮年層では症状が軽かったり、無症状であったりすることが多く報道されていました。また、感染者やその家族が周囲の偏見にさらされ、日々の生活においてさまざまな支障が出ていることも報道されました。そうなると、「感染してもたいした苦しみではなく、差別や偏見にさらされるほうがずっと恐ろしい」と考える人も出てきます。

もし、そう考える人が微熱を感じたらどうするでしょうか。おそらく、検査を避けて、ギリギリまで我慢しようとするでしょう。その人がもし本当に感染していて、そして軽症なので日常生活を継続していたら、さらに感染を拡げる結果になります。ここでも、差別や偏見が感染者を拡大させ、病気による苦しみと差別や偏見による苦しみを社会に拡げるしくみが見てとれます。

学生の感染者が確認された大学の事務室に「火をつけてやる」、「殺してやる」という脅迫状が届くこともありましたし、無関係の学生がバイトを断られたり教育実習先から受け入れを断られたりもしました。「○○大生は入店お断り」という張り紙を出した飲食店もありました。そういったことが起こったのは、春休みや夏休みという長期休暇中で、感染した学生が他の一般学生と接触する機会がない時期であったり、あるいは、オンライン授業に切り替わっていて学生同士が大学で接触する機会がないことがはっきりしていた時期だったりします。つまり、感染リスクが高いわけではない学生たちまでが、さまざまな局面で受け入れを拒まれたのです。

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実は、犯罪被害者が同情されるどころか非難されたり、厳しい状況の中で苦しんでいる人が差別されたりすることは珍しくありません。感染症の場合は、感染者の家族や医療従事者は実際に感染者と接触していてリスクが高いので、より一層、さまざまな場面で拒否することが正当化されやすいといえるでしょう。

感染症予防法(1998年制定)は、感染症患者への医療措置の法的根拠となるものですが、その前文では「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め」と述べられています。医学的なことよりも前に、感染症患者等の人権尊重の必要性が謳われているのですが、裏を返すと、感染症患者や関係者への差別は今に始まったことではないということです。

なぜこういったことが起こるのでしょうか。先の問1に対してどのような答えを思いつきましたか。ここでは、判断と意思決定研究の基本的な考え方や社会心理学の理論を用いて、この問題について考えていきましょう。