カフェ開店も「全然お客さんが来ないんです」

「前に捕まったとき、もうしないって約束したと思うんだけど、なんでやっちゃったの?」
「ごめんなさい。お店を開店したら、すぐにコロナ騒動が起きて、全然お客さんが来ないんです。それで苦しくて、つい……」

傍らで話を聞いていれば、同居していた母親が亡くなり、生計を立てるべく隣町の商店街で新規にカフェを開店したばかりだそうで、その経営が思わしくなく犯行に至ってしまったらしい。交番の汚いデスクに並べられた被害品を眺めてみれば、厚切り豚ロース肉、鶏モモ肉、和牛ミスジステーキ、ソーセージ、パルメザンチーズ、ピザ用のシュレッドチーズ、コーヒー、ビスケットなど、確かにカフェで使うようなものばかりを盗んでいて、その理由に嘘はなさそうだ。

写真=iStock.com/daruma46
※写真はイメージです

「あんた、理由はどうあれ、きょうは時間かかるよ。駅構内への不正入場の件も警察官が現認してるから、きちんと正直に話してください」
「はい。あの、すみません……」
「なに、どうしたの?」
「この靴も、さっき上の店で盗りました。ごめんなさい……」
「エエーッ⁉」

盗んだスニーカーの空箱に薄汚れた靴を入れていた

恥ずかしそうにうなだれる女の足元を見れば、真新しいピンクのスニーカーを履いていて、よく見ると踵のつまみ部分にはプラスチックの値札紐が残されている。

伊東 ゆう『万引き』(青弓社)

「これ、紐だけ残っているけど、値札はどうしたの」
「ちぎって捨てちゃいました」
「履いてきた靴は、どうした?」
「この靴が入っていた箱に入れてあります」

その後、警察官とともに靴屋に出向いた女は、ちぎった値札を捨てた場所や自分が履いてきた薄汚れた靴を箱から取り出すところの写真を撮られると、各店から被害届を出されて逮捕になったため警察署に連行された。

今後の彼女の人生はどのようなものになるのだろうか。不安定な社会情勢のなか一人で生き抜くことは難しそうで、励ましの言葉さえ見つからなかった。

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