自動改札を突破し駅構内に逃げ込む

「すみませ……」

声をかけると同時に、私を振り払って走りだした女は、自動改札を突破して駅構内に逃げ込んだ。女の行く方向を確認しながら、アップルウオッチにインストールしてあるSuicaを起動した私は、慌てて自動改札機にタッチして、その後を追う。すると間もなく、乱暴に開かれた鉄扉がたてる破裂音とともに、駅員が飛び出してきた。ものすごいスピードで後方から私を追い抜くと、一段飛ばしで階段を駆け上がり、女の後を追いかけていく。

「お客さん、改札通ってないですよ!」

新宿駅の改札口
写真=iStock.com/FhaSud
※写真はイメージです

駅員の呼びかけを無視して階段を駆け上がった女だったが、ホーム上に出たところで追いつかれると、力尽きたようにしゃがみ込んだ。必死に階段を駆け上がってようやく追いついた私は、息を切らせながら駅員に事情を説明して協力を求めた。

「電車くるから危ないし、もう逃げないでよ」

事態を把握した駅員が駅事務所を貸してくれるというので、一人綱引きをするように膝を落として歩こうとしない彼女の両脇を二人で担ぎ上げるようにして運び、改札階に向かうエレベーターに乗り込んだ。

身寄りを亡くしたばかりの34歳

エレベーターが改札階に着き扉が開くと、誰かが通報してくれたようで、すぐに2人の警察官が歩み寄ってきた。簡潔に事情を説明したあと即座に女を引き渡すと、行き先が駅前の交番に変更された。

「このバッグに商品を隠して、金を払わないまま駅に逃げたってことね」

交番に着くなり、プロレスラーに劣らぬほど大きな体をした警察官が女のバッグから被害品を取り出した。2店をハシゴして盗んだ商品は、計13点、被害合計は1万2000円ほどになった。彼女の所持金は1000円足らずで、クレジットカードや電子マネーも持っていないというので、商品を買い取ることはできない。

警察官による身分確認の結果、彼女は34歳。結婚はしておらず、身寄りを失くしたばかりで、迎えにきてくれるような人はいないことがわかった。観念した様子でひとつも精算していないことを認めた女は、つい先日も別のスーパーで万引きをして捕まったばかりだと告白した。