誰かの今日の一食をつないでいると考えるとやる気が出る

何一つ不自由なく暮らしている中から、少しでも彼らの役に立てないかと考え、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)には、毎年200万円以上の寄付を続けています。そんなの一方通行の寄付で、自己満足だと冷笑する方もいるでしょう。あるいは、そんなに気の毒だと思うなら、直接自分で動くべきだと批判する方もいるかもしれません。

私は、自分が一生懸命仕事をすることが、誰かの役に立っている、助けの少ない人の今日の一食をつないでいると考えると、とてもやる気が湧いてきます。そのおかげでもっと頑張り、もっと寄付できるようになれば、お互いにプラスではないでしょうか?

私=仕事を頑張ってお金を稼ぐ
寄付される人=頑張れる環境になる

という循環になって、頑張ることができます。本当は、故中村哲氏の行動を最も尊敬しています。行動できる人が、やはり一番です。

仕事がないくらい大したことはない

寄付が私にとって決定的なモチベーションに変わったのは、2011年の東日本大震災でした。

私自身、そしてうちの会社の設備には大きな被害はなかった。しかし、津波が襲った各地の様子、そして震災で傷ついた方たち、特に親を失った遺児の方が800人近くもいるという現実に、それまでの人生では経験のない感情を刺激されてしまったのです。

写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat
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結果、私は、東北大学に電話し、遺児たちの心理ケアの研究室を設立してもらいました。

ポケットマネーとはいえ、いくらなんでも肩入れしすぎではないか、寄付はいいとしても額が大きすぎるのではないか、と心配してくださる方も実際にはいました。

もっと現実的な話として、そんな余裕が会社にあるの? と従業員は心中思っていたかもしれません。私の家族には「私たちがいることも忘れないでね」と言われました。

確かに一理はあるでしょう。

震災当時は、会社にとっては業績面で厳しい局面にありました。父から経営を引き継いだものの、リーマン・ショック後の世界的な景気後退を経て取り引きは戻っておらず、さらに急激な円高になってしまい、客先は海外への価格競争力もそがれて、ますます追い込まれていきました。

それでも、あまりに大きな額の寄付を続けようと考えたことに、私自身に迷いは一切ありませんでした。被災者から見れば、住む家も家族も無事なのだから、仕事がないくらい大したことはありません。