芸人の世界に見る「現実」の厳しさ

私はこれまで、お笑い関連の人々と数多く出会ってきた。芸人はユニークな視点や優れた言語センスを備えた人物が多いので、ネットニュースの記事を彼らに書いてもらってきたのだ。そのうちの一組はキングオブコントで優勝するなどしたが、他はなかなかブレイクするまでには至らなかった。しかし、彼らは実に真面目だし、感じがよいし、ライターとしては優秀だった。

私としては「時給の安いバイトを掛け持ちして何時間も酷使されるよりは、ライターをしてもらうほうがネタ作りや稽古などに時間が割けるようになるのでは」とも考えていた。実際、「好きな文章を書いて原稿料をもらい、とても助かっている」「ネタを考える時間ができて助かる」と感謝されたこともある。その一方、彼らとの交流を通じて、あまりにも競争が激し過ぎるお笑いの世界で夢を叶えるのは、本当に難しいことなのだと痛感した。

いまはもう原稿のやり取りをしていない人も多いのだが、現在、彼らのなかには40代を迎えた芸人もいるし、コンビを解散し、ピン芸人としてギリギリの可能性にかけている人もいる。彼らはまだ、夢を諦めきれないのである。

夢を追い続けた者の末路を想像してみる

彼らのことを思うとき、あくまで勝手な想像だが、私にはこんなシチュエーションが頭に浮かんでくるのだ。

バイトに忙殺される日々を送り、気が付けば48歳。とある冬の寒い夜、安アパートで一人カップ酒をすすりつつ「明日はオーディションだ」「ウケたらいいな」などと考えながらアタリメをかじっている。すると次の瞬間、ストーブの灯油が切れて、「ボッ」という虚しい音とともに最後の炎が消えてしまった。途端に部屋は寒さにつつまれ、肩がぶるりと震える。しかし、灯油の買い置きはもうない。

そして、この芸人は思うのだ。「はぁ、夢を追い続けて26年。一体オレは何をやっているのだろう」と。大学時代の友人には上場企業の役員になった者もいるというのに、自分は寒い部屋のなか、最低限の暖さえ取れない。「オレは人生の選択を誤ったのだろうか」「夢を見続けた結果がこれなのか」と自問自答し、暗澹たる気持ちに押し流されそうになりながら、現実逃避するようにカップ酒をあおる……。

これが夢を追い続けた者の末路である。なにも芸人に限った話ではない。現実感に乏しい夢、実現が極めて難しい夢は叶わずに終わることが大半である以上、程度差はあれど、夢にすがりすぎてしまえば誰でも人生のなかで味わう可能性がある悲劇だ。