米国と中国が方針転換した本当の理由

欧州はこうした理由から、実現のハードルが高いことも承知の上で、国際社会に脱炭素シフトを強く呼びかけてきました。一方、米国は脱炭素シフトが進めばこれまで築き上げてきた石油利権が崩壊しますから、一連の動きには消極的でした。同じように、世界最大の工業国である中国もやはり慎重なスタンスを崩していなかったわけです。

ところが、米国はバイデン政権の誕生によって従来の方針を大転換することになり、中国も一足早く、2060年までの排出量ゼロ宣言を行いました。

脱炭素が進むと不利になる両国が、方針を大転換したことには、主に2つの理由があると考えられます。ひとつは、国際的な脱炭素の流れが不可避であり、この流れに逆らうと確実に国際交渉で不利になるという現実がハッキリしたこと。もうひとつは、自国が持つ環境技術を駆使すれば、むしろ脱炭素社会を主導できる可能性が見えてきたことです。

脱炭素シフトは国家間の覇権争いですから極めて政治的な動きになります。欧州は二酸化炭素排出量の多い製品の輸入に事実上の関税を課す、国境炭素税(国境炭素調整)の導入を表明していますし、米国のバイデン政権も同様の仕組みを検討しているといわれます。

WTO(世界貿易機関)加盟国の場合、自由貿易の原理原則から一方的に関税を課すことは制限されています。しかし欧州と米国が制度の導入を決断すれば、事実上、自由貿易体制の例外事項として国境炭素税が既成事実化する可能性は高いでしょう。国境炭素税が導入された場合、世界経済のブロック化がさらに進みますから、輸出主導型経済はますます不利になります。輸出で経済を成長させている中国にとっては大問題ですし、世界最大の消費国である米国には逆に強みとなります。米中両国は自国にとって有利になるよう、国策を転換したと考えてよいでしょう。

「ものづくりの国」が負けるゲーム

加えて、脱炭素社会を実現するためには、再生可能エネの発電所を大量に建設する必要があると同時に、ITインフラを駆使した分散送電網(スマートグリッド)も構築しなければなりません。

再生可能エネの時代は、各地に無数の小規模な発電所が建設されますから、送電網をうまくコントロールできないと大規模な停電事故を引き起こす可能性があります。スマートグリッドの構築には、高度なソフトウェア技術が必須となりますが、米中両国はこの分野において圧倒的な競争力を持っています。脱炭素で不利になる面を差し引いても、プラスの効果が大きいと判断した可能性は高いでしょう。

中国が国策としてEVを推進しているのも同じ理由です。

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脱炭素社会にシフトするためには、再生可能エネの発電比率を上げ、二酸化炭素を排出せずに作った電気で自動車を走らせる必要があります。脱炭素シフトが避けられない動きであるならば、その動きをリードし、自国の産業もそれに合わせてシフトした方が圧倒的に有利です。そして、ほぼ同じタイミングで、中国経済の成熟化と米中貿易戦争による米中のデカップリング(分離)という事態が発生しています。

言い方は不謹慎かもしれませんが、誤解を恐れずにいうと、脱炭素シフトという国際社会の争いは、大量の二酸化炭素を排出する従来型製造業を誰に押しつけるのかという、ある種のババ抜きゲームです。鎖国でもしない限り、このゲームへの不参加は許容されませんから、輸出主導型経済から消費主導型経済にシフトするしか道はありません。近年、中国が内需主導型経済へ転換する政策を進めているのは、実はこの部分と深く結びついているのです。