周産期の安全で手厚いケアには、分娩施設の集約化が必要
【髙崎】産科医療の現場からご覧になって、日本で現在、無痛分娩が普及しない理由とは、なんでしょう。
【宋】数多くの産院が広く浅く全国にあって、施設ごとの医療体制が薄くなっていることと、私は考えています。施設数に対して麻酔科医が足りないので、産科医しかいない施設が多い。麻酔科医がいる施設でも、常駐しているのは日中だけで、夜は呼び出し対応になっているところもあります。
今の日本の産科医療は、患者さんにとっては各施設のバックアップ体制が薄く、医師にとっては施設の数だけ当直回数が多くなり、ハードな働き方が求められている状態です。経営者以外には、誰にも嬉しくないシステムになってしまっている。麻酔分娩を含め、安全で手厚いケアのためには今後、分娩施設の集約化が必須です。
ですが、そもそもなぜ日本ではこんなに分娩施設が多いのか?と考えると、集約化は簡単には進まないとも思います。
お産は自由診療で、価格設定がしやすいため、産婦人科の収益部門になっています。これは開業医の個人産院だけではなく、大規模な総合病院や大学病院でも同じです。長年家業として、アイデンティティとしてお産をやっている個人産院は、お産を手放したがらないでしょう。また集約化によって、収益が大病院にだけ集まり、一方で勤務医の待遇は改善されないとなると、産科で働く医師が減ってしまう可能性も考えられます。集約化に際しては、新しい収益構造とお金の流れを作らねばならないと、政治家の先生方にお話しています。
「出産は高い」は変えられるのか
【髙崎】少子化対策として、妊娠出産医療を保険診療化する話も出ています。自治体の健診チケットや出産育児一時金の給付はありますが、地域によってはそれでも自己負担が重い、との声からです。無痛分娩は全額自己負担なので、費用面で選べない人もいます。この点を、先生はどのように考えられますか。
【宋】産婦人科には、保険診療の報酬点数が他の診療科に比べて低い、という課題があります。この状態のまま妊娠出産医療を保険診療化してしまうと、その低い診療報酬だけでは、産科は質を保てなくなる恐れがある。保険診療化のメリットとデメリットを鑑みて、それが出産に対する経済的支援の唯一の答えだとは、私は考えていません。
とはいえ、産む地域によって出産に高額の自己負担が発生する現状は、看過できません。誰もがその金額を負担できるわけではないからです。妊婦さんの負担を軽減し、産科医療も適正に維持される仕組みが必要です。
長時間にわたるお産を管理するには、専門職の人材で24時間体制のシフトを組む必要があり、どうしてもお金がかかります。それを可能にする経済の仕組みをどう作るか。この課題は産科医療の関係者だけではなく、政治や行政とともに動かねばならないと私は思います。