乱高下を繰り返す暗号資産は物価のかく乱要因でしかない
このように政府が独自通貨の発行を放棄し、米ドルなど信用力が高い外国通貨を唯一の法定通貨に採用する大胆な決断は「完全なドル化」と呼ばれる。この政策を採用した場合、政府と中銀は通貨発行益(シニョリッジ)を喪失、通貨政策と金融政策の裁量も放棄することになるが、言い換えれば政策運営に伴うコストを支払う必要もなくなる。
エルサルバドルは2001年、この「完全なドル化」に踏み切った。その前年の2000年には、南米のエクアドルも同じ決断をしている。両国とも当時は高インフレに苛まれており、その解決策として「完全なドル化」という政策を採用したわけだ。結果的に両国のインフレはかなり安定し、通貨政策としての「完全なドル化」の有効性を見せつけた。
エルサルバドルの場合、今年の9月からBTCが法定通貨として利用される。米ドルも引き続き法定通貨であるため、保守的な人々は米ドルでの取引を優先するだろう。BTCでの取引を拒否することは禁じられるようだが、そうした規制がどの程度の実効力を持つかは分からない。いずれにせよ、BTCがエルサルバドルでどの程度利用されるかは不透明だ。
BTCの利用が限定的であれば、それほど問題はないかもしれない。しかし利用の機会が増えるほど、ボラタイル(価格の変動率が大きいこと)なBTCが物価安定を阻むノイズになると警戒される。今年1月1日の終値は1BTCが2万9346米ドルだったが、4月13日には6万3518米ドルまで急騰した。しかし6月23日には3万3703米ドルまで下落、安定とは無縁の世界だ。
BTCが金融資産である以上、価格が上昇すれば資産効果が働くし、逆もまた然りとなる。しかしマクロ的には、資産効果が働くことで内需が刺激され、むしろインフレ圧力が高まる事態が警戒される。価格が下落して逆資産効果が生じた場合も、内需が抑制されなければ、輸入インフレを起点とするインフレがかえって加速すると懸念される。
資本逃避や組織犯罪を促すことへの懸念
そもそもエルサルバドルのように完全にドル化した国は、物価の安定と引き換えに通貨政策と金融政策の裁量を放棄した経済だ。言い換えれば、BTCによってインフレが加速した場合、増税などを通じた財政の引き締め以外に物価を安定させる手段は残されていない。とはいえ、BTCの価格の乱高下に対応できるような機動力を財政政策は持っていない。