歴史を変えるほどの規模ではない

まずは①「エルサルバドルという国家規模」だ。

基本的な事実も確認しておこう。エルサルバドルの名目GDPは2019年実績で270億ドル、人口は640万人、面積は2.1万平方キロメートル。世界におけるシェアは世界GDP(87兆ドル)に対して0.03%、世界人口(77億人)に対して0.1%である。

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また、エルサルバドルの貿易総額は160億ドル弱であり、世界貿易(約18兆5000億ドル)に占める割合はやはり0.1%だ。ちなみに国の面積である2.1万平方キロメートルは九州の半分程度にすぎない。

現時点でもエルサルバドルの経済活動が金融市場に与える影響がそこまで大きいとは思えないのに、ビットコインで代替される経済活動はさらにその一部となるだろう。というのは、米ドルは法定通貨として存続し、ビットコインの使用は任意とされているからだ。

それゆえに「ビットコインは法定通貨として強制通用力を持つので支払い手段として使えるが、ビットコイン決済に対応できない経済主体は免除可能」という状況も想定されている。だとすると、実際にビットコインが利用される頻度(理論的には流通速度)は限定的になるはずである。

「どれほどの国が追随するか」が試金石になる

「法定通貨になる」という事実はこれから「当該国の経済活動にとって不可欠なものになる」とおおむね同義のはずだが、米ドルで不都合がないエルサルバドル国民はそれを使い続けるのではないか。

もちろん、小国だから無視して良いわけではない。「ビットコインを法定通貨に制定した」という事実が通貨史における「蟻の一穴」なのだという主張もあろう。しかし、通貨の流通量が実体経済規模に規定されるのも事実だ。

例えばユーロ圏が単一通貨をビットコインにするというのであれば、明日からでも関与を強いられる経済主体は大変な数に及ぶ。実需の高まりに応じてビットコインの価値も安定するだろう。

その意味で今回のエルサルバドルの一件は、「今後、どれほどの国が追随するか」という意味での試金石としては注目に値する。しかし、今のところはささいな動きとしか言いようがない。

「安価な国際送金手段になる」は暗号資産の強みなのか

また、②の理由「ビットコインの制御可能性」を踏まえると、そもそも法定通貨化という試みがうまくいくのかという不安を抱く。

ビットコインはエルサルバドルの所有物ではないので制御可能な代物とは言えない。

今回、エルサルバドルがビットコインを法定通貨に採用する理由として(1)米国の財政・金融政策が未曾有の規模に達し、ドルの信認が自国経済に与える影響が不透明であること、(2)国民の多くが銀行口座を持たないため、低コストの国際送金手段が魅力的であること、が報じられている。しかし、政府がビットコインの動きを制御できない以上、(1)や(2)は説得力を持たない。