スポーツ心理学的にも「アドバイスは少ない」ほうがいい
振り返れば1995年、野茂英雄がMLB(ドジャース)に挑戦したとき、日本のプロOBや野球解説者は「メジャーでは通用しない」という意見が圧倒的だった。現在、投打の二刀流で全米を驚愕させている大谷翔平(エンゼルス・26歳)が高卒後に日本ハムに入団したときも「投手か野手、どちらかに絞るべき」という声が強かった。しかし、彼らは周囲の意見に流されることなく、自らを貫き、海の向こうで華々しい活躍を見せている。ダルビッシュの言うように、ネガティブな意見には耳をふさぐのがいいかもしれない。
すべての助言をシャットアウトするのはよくないが、ダルビッシュのアドバイスはスポーツ心理学的にも“正解”といえる。
とりわけ熱心なコーチの場合、選手に対して細かい指示を多く出す傾向がある。しかし、それが選手にとって好結果をもたらすとは限らない。旧知のメンタルトレーナーによると、選手はネガティブな意見を含む大量の情報を一度に処理しきれず、かえって混乱する場合があるという。さまざまな情報が咀嚼されないまま頭の中で渦巻いていると、最も注意すべき動きを妨げてしまう恐れがある。その結果、中途半端なかたちに終わってしまうことがある。
こうした失敗事例は、取材現場ではしばしば耳にすることだ。
アドバイスを受ける頻度についても注意したい。心理学者・教育学者として著名なエドワード・ソーンダイクの運動技能学習の実験によると、「すべての試行でアドバイスを受ける場合」と「試行回数の半数だけアドバイスを受ける場合」では、学習期間中は前者のパフォーマンスがわずかに良かったが、翌日以降は後者のほうがパフォーマンスは優れていた。要は、アドバイスが多すぎないほうが、スキルは定着しやすいといえる。
佐々木のように将来有望な選手の場合、専属コーチ以外からも意見やアドバイスが飛んでくる。そのすべてを受け入れると気持ちの面で大きな“迷い”が生じてしまう。技術的な問題は一度確認したほうがいいかもしれないが、根拠不明な単なるネガティブな意見は聞き逃せばいい。もしろ、余計な情報はサッサと忘れてしまうべきなのだ。
「ネガティブさは自分自身で持ちながら成長してほしい」の意味
一方で、前出のメンタルトレーナーは、コーチに依存してしまうのも良くないという。何かしらの事情でコーチからのアドバイスが受けられない状況になると不安な気持ちになり、本来の実力を発揮できなくなるからだ。また進学、チームの移籍など環境が変わった途端に、力を発揮できなくなることも少なくない。そうならないために、アスリートとして自立したうえで、選手自身が動作を自分でジャッジして、どのように修正すればよいかを考えることも大切になる。プロ選手は個人事業主だから、当たり前の話だが、案外、上下関係・師弟関係の中で思考停止してしまい伸び悩むケースは多い。
もし、ビジネスパーソンが佐々木投手のような立場だったらどう対処すればいいだろうか。
馬耳東風よろしく人の意見をスルーし、割り切って他者と接するのは難しいだろう。だから、上司や先輩が何か言ってきた場合は、真剣に話を聞いたうえで、「アドバイスありがとうございます。参考にさせていただきます」と笑顔で答えるのが無難な形となる。そして、頭のなかで整理して、自分に必要のない助言は“ゴミ箱”に移動。すぐに忘れてしまうのがいいだろう。
筆者が、コーチに指導を仰ぐ多くのアスリートや、管理職の下で働くビジネスパーソンにとって重要だと考えるのがダルビッシュの最後の発言だ。
「ネガティブさは自分自身で持ちながら成長してほしい」
言い換えると「謙虚な気持ちになる」ということだ。調子がいいときほど、冷静に自分を見つめて、調子がいい理由を理解しておく。そうすれば不調に陥ったときも、立て直すキッカケを作ることができるはずだ。自分はまだまだ成長できるはず、という気持ちも大切になる。
ダルビッシュのように多彩な球種をマスターするなど、年々進化を重ねることで、偉大なプレーヤーに成長することもできる。