それではあまりにも制約が大きすぎると感じたオードリーは蔡玉玲の申し出を辞退し、代わりに彼女が進めるプロジェクトの顧問に就任した。オードリーは、すでにこのときからシビックハッカーたちと政府のあいだの橋渡し役となっていたのである。

ハッカーたちが大事にする「公開・透明・協力」

オードリーや蔡玉玲とともに仕事をしたシビックハッカーに、王景弘という人物がいる。「TonyQ」という名前で呼ばれる彼には、ほとんど知られていない功績がある。

2014年8月1日の深夜、台湾南部の都市、高雄で大規模なガス爆発事故が起きた。高雄は南部の主要港湾都市で、郊外には石油化学コンビナートがあり、市内の地下には多数のパイプラインが通っている。そのうちの可燃性物質であるプロピレンガスが漏れ、大規模な爆発を起こしたのだ。

この事故の死傷者は300人近くに上り、爆発現場一帯に住んでいた人たちは、家が倒壊したり避難を余儀なくされたりして、一晩にして住む場所をなくしてしまった。そのとき、迅速に動き出したのが、「g0v」のメンバーでもあるTonyQだ。

彼は真夜中に爆発が起きてから2時間後には、「g0v」のサイトが持つリアルタイムテキストエディタ「Hackfoldr」(ハックフォルダ)を使って「高雄爆発事故関連情報」サイトを立ち上げた。

住民が、ネットやテレビのニュース、SNSや政府機関のサイトで流される情報の海におぼれてしまい、混乱するのを防ぐため、このサイトを見れば常に最新の情報が網羅され、ワンストップで必要な情報を得られるようにしたのだ。

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「透明化することで議論が生まれる」

「Hackfoldr」は、もともと「g0v」を立ち上げた高嘉良が開発したオープンソースで、「太陽花(ヒマワリ)学生運動」の際、立法院の抗議活動の様子をライブやテキストで放送したり、必要な物資のリストを作成するのに使われたりしたことで、その効果が実証されていた。

高雄のガス爆発事故に関する情報は、シビックハッカーたちによってこのサイトに一元化され、危険地域がどのエリアなのか、学校はいつまで休校になるのか、交通はどうなっているのか、不足している物資はなにかといった情報が可視化されたのである。当時の陳菊市長もフェイスブックで、「被害を拡大させないためにこのサイトを見て! まず理解してから動きましょう」と市民に呼びかけたのだ。

前に説明したように、オードリーは中学校中退。このTonyQも、プログラミングやデジタルの世界で自分のやりたいことを見つけたため、大学には進学しなかった。「g0v」を立ち上げた高嘉良も国立台湾大学に進学したものの、興味のない必修科目がイヤで中退している。