「支援する人」と「支援される人」の壁をできるだけ低く

一方、民間のホームレス支援は個別のニーズに丁寧に寄り添いながらオーダーメードの支援を組み立てやすい。とりわけ自由度の高い財源で事業をおこなっている場合は、どれくらい宿泊しながら心身を整えるのか、いつぐらいから就職に向けた取り組みを進めるのか等々、利用者のニーズに応じて柔軟にアレンジすることができる。

もちろん公的なホームレス対策で救済される人々も多くいるが、そこからこぼれがちな人々をHomedoorのような民間の支援団体が丁寧にカバーしている。

Homedoorの支援の仕組み。認定NPO法人HomedoorのHPより

また、民間のホームレス支援団体は行政の隙間を埋めているだけではない。世の中のホームレス観の転換をもたらす機会を積極的に作ってもいる。

例えばHomedoorの場合、定期的に夜回り活動をおこなっているのだが、そこにはホームレス支援を日常的に担うスタッフの他、ホームレス経験者、学生や社会人のボランティアなど、多様な属性の人々が混じり合って活動している。

公的なホームレス支援においては支援する者と支援される者の関係が固定化されがちだが、民間のホームレス支援団体はその垣根を低くすることに腐心している。なぜなら水平的な関係が偏見を取り払う重要な機会にもなっているからだ。

使い捨てカメラで、自由に写真を撮影してもらう意味

ボランティアなどを通じてホームレス状態で暮らす人々との接点を持つ。このことが偏見を取り除くきっかけとしては最も手っ取り早い。しかし、直接的な支援活動はハードルが高いことも事実だろう。

現在Homedoorで企画されている写真集のプロジェクトは、間接的にホームレス問題に触れられるものとして注目に値する。この企画は、Homedoorと関わりのあるホームレス状態の人々(元ホームレスを含む)に使い捨てカメラを手渡し、自由に写真を撮影してもらうというものだ。集められた写真には個々に意味を持っているが、それらは明文化できるものもそうでないものもあるだろう。いずれにせよ、撮影者にとっては撮るに値する何かが込められているはずなのだ。

Homedoorが企画している写真集に収録予定の写真

これまでホームレスを対象にした写真集は数多く刊行されてきた。一方、今回の写真集のプロジェクトは、ホームレス状態の人々によって撮影された写真をまとめる画期的な試みだ。この取り組みは写真撮影を通じてホームレス当事者が自己を表現したり、省察したりする貴重な機会となるだろう。

一方、それを見る私たちはこれまでとは異なるホームレス観をもつ契機となるだろう。ホームレスは特定の属性をもつ似通った集団のように捉えられがちだが、そのような状態になった経路、日々の経験、価値観など実に多様だ。写真集という「口数の少ない媒体」に知られざる当事者のリアリティが滲み出ることを期待したい。

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