「半径3メートルのゆるいつながり」が新しい世界を開く

私はこれまでフィールドワークとして、800人近くのビジネスパーソンをインタビューしてきました。くだんの男性もインタビュー協力者の1人です。リアルな声に耳を傾ければ傾けるほど、あるがままを受け入れる大切さを痛感すると共に、人を幸せにするのは、カネでも社会的地位でも権力でもない「あるもの」だと確信します。

そのあるものとは……「人とのつながり方」です。

──私は早期退職して70歳まで働ける会社へ転職しました。前職の役職や実績がまったく役に立たず、現実を受け入れるのに苦労しました。

でも、どうにかするしかないなあと思いましてね。新入社員の頃やっていたことをやってみようと、早めに出勤して社内の掃除やらゴミ捨てをやりながら周りの人の名前や顔を覚えたり、何がどこにあるかも覚えるようにしました。

不思議と一緒にやってくれる人が出てきてくれて、今も毎朝やって、楽しく勤務しています。

思い起こせば私の父は中卒で、地道な努力をしてきた人でした。私にも父と同じようなものがあったのかもしれませんね。なるべく早く「俺が俺が」の黄金期を忘れて、明るく、楽しく、周りの若い社員や女性たちと仲良くして、自分の立ち位置を築くことが新しい働きがいになるんじゃないでしょうか。

この男性は現実を受け入れ、新しい環境で出会った人のことを積極的に覚え、その環境になじみ、周りとつながる努力をしたのです。それは「上司・部下」関係のようなつながり方とはまったく違います。肩書や職制でつながる組織内人間関係ではなく、自分という個人を中心とした「半径3メートルの環境」の中でよりよく生きようとしたのです。

こうした半径3メートルの豊かな人間関係のネットワークを、私は「ゆるいつながり」と呼んでいます。

写真=iStock.com/Nattakorn Maneerat
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人間の幸せは、他者との関係性の中に生まれるもの

この男性は、周りとゆるくつながることで、あることに気づきます。「私にも父と同じようなものがあったのかもしれません」と語った、「真の自分」の姿に、です。社長や役員でもなければ、部長でも、正規雇用の会社員などでもない。○○大学卒でも、海外駐在経験者でもない「私」。これまでの人生で、自分という一個人の上にまとってきたすべての虚飾を取り払った「私」そのもの。

私なら、健康社会学者でもなければ、元「ニュースステーション」担当の気象予報士でも、テレビやラジオに出演するタレントでもない、一個人としての「河合薫」という存在そのもの。

つまるところ、人は他者の存在を通じてしか、自分がわからない。「私が幸せになる」には人とのつながりが欠かせないのです。

人生のどん底から一縷いちるの希望を見つけ、イキイキと過ごす人たちにあって、過去の成功にしがみつく人になかったもの。それは、なんら特別な才能でもなければ、特別な能力でもありません。彼彼女たちが共通して持っているのが「半径3メートルの上手な距離感」です。

自分を取り巻く半径3メートルの人と「ゆるいつながり」を築き、一人の人間と人間として助け合い、分かち合い、いたわり合う。そんな「ゆるいつながり」こそが、幸せな人生につながる鍵となります。