2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生にお会いしたとき、「何度やっても実験がうまくいかないときや、自分の学説がうまく証明できないとき、次はどうやろうかと考えるのが実は一番楽しかった。その繰り返しだった」とおっしゃっていました。この境地ですね。

【大木】楽しいと感じるところまで到達する過程で、努力する、がんばるという姿勢も身につけられるということですか。深いですね。

気づけば仕事を「こなしている」だけ…そんなときは

【大木】「『慣れること』に慣れてはいけない」という言葉も、日々の仕事の中で僕が心がけていることです。ある程度キャリアを重ねると、気づかないうちに仕事を「こなしている」自分を発見することがあるからです。

【安岡】停滞してはいけない。当たり前のように同じことを繰り返してはいけないということですね。どうしたらそれを避けられるのでしょうか。

【大木】そういうとき、僕は「こなすのではなく、乗り越えるという感覚で仕事をしよう」と思うようにしています。

安岡 定子『渋沢栄一と安岡正篤で読み解く論語』(プレジデント社)

【安岡】論語』に「君子は上達し、小人は下達す」という言葉があります。言葉のとおり、君子は一日一日と高い所を目指して向上し、小人は一日一日と低い所へと下落していく。向かう所が逆なので、初めはわずかな違いだったものが、いつの間にか大きく差がついてしまう。だから、少しずつでも日々新たな気持ちで高みを目指さなくてはいけないという意味です。

以前、恩師に「もう十分。このまま維持したいという選択肢はないのでしょうか」とうかがうと、「生き方には上か下かしかありません。人によって歩む速度が速い遅いの違いはあるけれど、ひとたび努力することをやめてしまえば、結果として後退してしまうのです」と厳しいお言葉をいただきました。

今、大木さんがおっしゃった「乗り越えるという感覚」は正しい考え方だと思います。そもそも大木さんのようなお仕事は、変化のスピードがとても速いのではないですか。

毎年の抱負を「現状維持」と決めているワケ

【大木】変わり続けるために、新しい感覚や新しい考え方を受け止めていく必要があると思います。

一方、僕は、お正月の番組などで「今年の抱負は?」と聞かれると、22才の頃から「現状維持」って言っています。聞いた人には、「なんだ、今と同じでいいと思っているのか」とマイナスイメージで捉えられてしまうのですが、僕のイメージは、ちょっと上を向いてがんばって、結果として現在のポジションを維持したいという意味なんです。