多磨霊園にあるゾルゲの墓の所有権をロシア大使館が取得
在日ロシア大使館は2020年10月末、多磨霊園にあるゾルゲの墓の所有権を大使館が取得したと発表した。ゾルゲの墓は、銀座のホステスだった愛人の石井花子が戦後建立したが、石井の死後、所有権を得た姪は墓の権利をロシア大使館に譲渡するとの遺言書を作成し、2018年に亡くなった。今後はロシア大使館が墓所の管理料を都に支払う。
2020年11月7日のゾルゲの命日には、旧ソ連諸国の駐日大使らが墓に集まって追悼式が行われ、ガルージン駐日ロシア大使は「ゾルゲ氏が旧ソ連各共和国の自由と独立を守った」と挨拶した。
ロシア大使館によれば、戦勝75周年記念事業の一環として、ゾルゲの墓の土がロシアに送られ、ロシア軍の教会として新設されたモスクワの「キリスト復活大聖堂」に納められたという。
2019年に訪日したショイグ国防相もゾルゲの墓に参拝しており、来日するロシア要人にとって、多磨霊園が巡礼の地となりつつある。
ゾルゲが東京・麻布の自宅の書斎で愛用していたアジアの大型地図も、保管していた歴史家の渡部富哉氏からロシア国防省に寄贈され、2019年末モスクワで式典が開かれた。ショイグ国防相は「ゾルゲはソ連軍の作戦立案に重要な役割を果たした」と演説した。
出版社もプーチン政権を忖度し、関連本30冊以上を出版
プーチン体制下では情報公開が後退したが、機密文書の解禁が進んでいる分野もあり、それが情報機関関係の文書だ。情報機関やスパイを顕彰する狙いがあり、出版社もKGBのOBが中枢を占めるプーチン政権に忖度し、多くの書籍を出版。ゾルゲ関係の書籍も30冊程度刊行された。
その中で注目すべきは、GRUのアーキビスト(公文書などの収集や保管に携わる専門官)だった歴史家のミハイル・アレクセーエフ氏によるゾルゲ研究書の上海編『あなたのラムゼイ』(2010年刊)、東京編『あなたに忠実なラムゼイ』(上下、2017年刊)、それに、日本専門家のアレクサンドル・クラノフ氏が書いた『不都合なゾルゲ』(2018年刊)だろう。
いずれも、近年機密指定を解除されたゾルゲ関係文書を基に、新事実を紹介している。
クラノフ氏の『不都合なゾルゲ』は、事件の謎であるゾルゲ機関摘発の経緯について、「スターリンはゾルゲを二重スパイとして信用せず、最後の4年間は、プロ意識のないソ連大使館員にゾルゲと接触させたり、情報を郵送で送ったりし、日本側官憲の知るところとなった」とし、「ソ連当局の悪質かつ無責任な管理体制」を批判した。
『東京を愛したスパイたち 1907-1985』(藤原書店)などの邦訳もあるクラノフ氏は昨年、ロシアの「文化チャンネル」の座談会で、「日本では戦後、左翼文化人の影響力が強く、ゾルゲ人気が高かったが、情報は出尽くし、専門家が高齢化して関心は低下した。ロシアは逆で、機密文書が次々公開され、ゾルゲ人気が急速に高まっている」と述べていた。