既存の日本のマスコミに対する批判の中で、この「いつ」を抜き合う慣習がやり玉に挙げられることは多い。事件報道なら「きょう捜索」「月内に立件へ」、政治報道なら「年内にも策定へ」「○日に初会合」といった見出しが立つような原稿だ。ニュースを受け取る側からすれば、いずれ分かることを先んじて報じることに「どれだけ意味があるのか疑問だ」という指摘はもっともだ。

もちろん、代替わりのタイミング、元号の発表日、衆院解散の時期、五輪の開幕日など、「いつ」が関心を集める例もあると思う。しかし、ネットに随時、情報が流れる時代に他社が数時間後には追いついてくる報道にどれだけの意味があるのだろうか。

なぜ「捜索」に踏み切るのか、どんな内容を「策定」するか、何を「会合」で話し合うかといった点がニュースであるはずで、中身も言わず、トランプ初来日の「いつ」を探れという指示にはがっかりした。

時代遅れの取材スタイル

時代の変化と共に、記者に求められる仕事も多様化している。私が入社した2004年には、新聞記者は原稿を書き、写真を撮るのが仕事で、取材相手から「写真も撮るんじゃ大変ですね」と言われることもあった。しかし、政治部に移った2017年には、他社も含めて新聞記者が写真だけではなく動画も撮影し、紙面に載らなくてもウェブサイト向けに原稿を出すようになっていた。ところが、政治部ではこうした新たな取り組みが周回遅れになっていた。

それは、韓国との慰安婦問題を巡って一時帰国していた駐韓大使を韓国に戻す件について、当時外務大臣だった岸田のぶら下がり会見がセットされた時のことだった。

発言の取材は「大臣番」の同僚に任せ、会見の動画を撮影することにした。特派員時代にもルポの取材時など動画をよく撮っていたので、せっかく2人も会見に出るなら動画を撮ろうと思ったのだ。

しかし、記者クラブに戻って「動画を出します」と報告すると、「何それ?」という奇妙な反応が返ってきた。

動画の素材をどういう方法でどの部署に送り、どこに連絡して編集してもらうのかといったノウハウが、官邸などの取材現場にしろ、取りまとめをする本社にしろ、政治部では全く知られていなかったのだ。実際、政治部の記者は、写真さえ自ら撮ることはほとんどなく、「デジカメは自宅に置きっぱなし」などという記者がいるほどだった。

写真=iStock.com/patho1ogy
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もっとも、首相官邸や国会の内部では撮影の場所やルールが定められており、主に専任の写真部の記者が撮影を担当するという事情はある。しかし、写真部がカバーできるのはほんの一部であり、取材相手が外に出たり、省庁担当になったりすれば、自分で撮影する機会はいくらでもある。例えば、首相が各界の関係者と食事する「夜会合」、地方の視察、パーティーでの講演などだ。

政治部の記者でも、地方支局にいた頃は、事件やイベント、スポーツの取材などで、誰もがカメラを構えていたはずなのだ。