川に落ちてしまったネコ

この数年はありがたいことにテレビや雑誌などメディアで取りあげられる機会が多くなってきました。けれど、私自身はこの仕事を始めたころと何も変わっていません。

いちばん最初に受けた仕事のことは今も鮮明によみがえります。それは誰かが川に投げこんだネコを救出してほしいという依頼でした。東京・江戸川区の新小岩を流れる川で、近所に住む女性から電話があったのです。

「ネコが川に落ちてしまったんです。私はとても助けに行けないので、どうか代わりに保護してください!」

切羽詰まった声で頼まれ、急いで車で駆けつけると、すでにネコの姿は見えなくなっていました。川辺をあちこち捜し回ると、水際にネコがいました。何とか自力で川からあがったのでしょう。でも川沿いのコンクリートの歩道へはかなりの高さがあるため、そこから登りきれないでいました。

私は捕獲器を持って水際へ近づいていきました。ネコは警戒した目で私を見ていますが、抵抗することなく両手におさまってくれました。ネコを捕獲器に入れ、片手で持ちながら歩道へあがるためのハシゴを登ります。何とか片手でハシゴを登りきると、ほっとする気持ちが湧き上がってきました。

歩道では、はらはらした様子で、依頼者が待ちかまえていました。ネコと私を見ると、彼女はもう泣き出さんばかりに喜んでくれました。

「こんなに喜んでくれるのか」

あの瞬間の感動は、今でも忘れられません。

この仕事をするには冷たい人間

このように書くとまるで順風満帆に聞こえるかもしれませんが、捜索においては日々、迷ったり反省したりの繰り返しです。「あのすき間をもっと奥まで見ればよかった」「最初からあっち方面を捜せばよかった」──現場を見ながらの判断も、後になればもっとこうすればよかったのではとの考えが湧いてきます。

藤原博史『210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ ペット探偵の奮闘記』(新潮新書)

それでも時間切れになることは多々ありますし、悲しい結末に終わることもありますが、私はひとつの現場が終わると次の捜索に持ち込まないようにしています。100件依頼があれば100通りの失踪パターンがあります。生い立ち、性格、地形、天候などそれぞれ状況が異なります。一度リセットして取りかからないと次に進む事が出来ないのです。これは私自身にどこか、冷たい部分があるせいかもしれません。

それでもいちばん最初に川で救助したネコのことだけはとてもよく覚えているのです。自分の中でも忘れてはならないという思いがあり、おそらく私がこの仕事に取り組む姿勢の原点になっているのでしょう。

ペット捜索という仕事の最終地点は、そこを目指すことです。そのときに味わえる感動、飼い主さんとの再会の瞬間が醍醐味でもあります。思えば飽き性の私が、この仕事を20年以上続けられているのはすごいことです。まさに天職というか、自分の性に合っているのでしょう。

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