世界を変える「小さなリーダーシップ」

これはつまり、世界を変えるのは「大きなリーダーシップだ」という捉え方ですが、実は社会が大きく舵を切るきっかけになるのは、意外や「小さなリーダーシップ」であることが多い、ということも事実です。たとえばアメリカにおける黒人差別是正の大きな契機となった公民権運動は、1955年にアラバマ州でたった一人の黒人女性=ローザ・パークスが、バスの白人優先席を空けるように命じられた際、これを断って投獄されたという、本当に小さな事件がきっかけになっています。いわゆるバス・ボイコット事件です。ローザは当時百貨店で裁縫の仕事をしており、特に人権運動家だったというわけではありません。この事件も、別に革命を起こそうとか公民権運動を主導しようといった「大きな意図」があって起こしたわけではなく、ただ単に「理不尽な命令には従いたくなかった」と彼女は述懐しています。

山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)

ここで発揮されているのはごくごく小さなリーダーシップでしかないわけですが、その小さなリーダーシップがやがてアメリカの歴史そのものを変えていくような大きなうねりになって全米の運動につながっていくことになったわけです。

私たちが所属している社会はいうまでもなく「複雑なシステム」で成り立っています。このような「複雑なシステム」は全体を動かすプログラムによって駆動されているわけではなく、システムを構成する個々のサブシステムの挙動によって駆動されています。個々のサブシステムの挙動の変化が別のサブシステムの挙動に変化を及ぼし、それがシステム全体の挙動を変化させるのです。この時、全体の変化をつかさどるのは行政や企業のリーダーではなくシステムの中にいる名もない個人となります。

小さな個人の行動が、歴史を変える

サイエンスライターのマーク・ブキャナンは、その著書『歴史は「べき乗則」で動く』のなかで第一次世界大戦勃発の原因となったオーストリア皇太子の暗殺が、皇太子を乗せた自動車の運転手の道間違いによって発生している事例を取りあげて、歴史というのは大きな意思決定よりも、どこかで毎日行われているようなちょっとした行為や発言がきっかけになって大きく流れを変えるという、カオス理論で言及されるところのバタフライ効果について論じています。

写真=iStock.com/Mary Wandler
※写真はイメージです

バタフライ効果とは、もとは気象学者のエドワード・ローレンツが寓意的な仮説、すなわち、蝶の羽ばたきのような小さな撹乱が、遠隔地におけるハリケーンの要因となりうる可能性がある、という提言をもとにした用語です。これをそのまま社会現象に当てはめて考えてみれば、それはまさに、小さな個人個人のちょっとした行動、それはたとえば「一介の市民が差別的扱いに抗って命令を拒否する」といったようなものですが、が大きな歴史のうねりを作りだし、やがて世界のありようを変えてしまう可能性がある、ということです。

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