これほど「人の尊厳」を奪われる状況を受け入れられるか

1時間もすると、室内がだいぶ片付いてきた。続いてリビングに隣接する台所に着手する。洗剤や調味料などの液体類はシンクで流す必要がある。水道の蛇口をひねった時、その排水溝に数十匹というハエの死骸がたまっていることに気づいた。

その排水網を取り除いてしまうと、近くのハエも排水溝に落ちていきそうだったので、たまっている死骸を取り除くことができない。仕方なく、水を流しながらハエの死骸の上に液体類をどんどん流して処分していく。ハエの死骸が洗剤の色に染まっていった。

「こんなメモ書きがありましたよ」

Aさんが見せてくれた。室内から「××に騙された。死んでしまえ」という、誰かを呪うような紙がいくつか出てきたのだ。亡くなった男性の筆跡のようだった。文面から、相手を心底恨んでいた様子が伝わってきて、部屋の空気が重くなった。

撮影=笹井恵里子
室内の様子。4LDKの間取りで、物はそれほど多くなかった。

誰かを恨みながら、ここで一人でパソコンでできる仕事をし、誰とも会うことなく、息絶える。遺体は放置され、ハエがたかり、住んでいた場所がハエの死骸でいっぱいになる。たとえ「自分の死後はどうなろうと関係ない」と思っている人でも、これほど“人の尊厳”を奪われる状況を受け入れられるだろうか。

「“もしも”に備えることが最期に自分の尊厳を保ちます」

長年、数多くの現場を見てきた石見さんは、「せめて2日以内に発見されるような人間関係を」と話す。

「目玉からウジが出てくるような状況では、お葬式でちゃんと顔を見てお別れするということが難しくなります。死後、普通に葬儀を営め、お見送りができることを考えると、自分が死んだら数日以内に発見されるような、社会的コミュニケーションが必要でしょう」

高齢者だけでなく、48歳の一人暮らしの男性が死後3カ月経過したゴミ部屋で発見されたこともあったという。中年層といえども仕事場でのストレスや挫折、配偶者との死別や離婚、リストラなど、精神的に孤立してしまい、気づいたらゴミ部屋に住んでいることがある。そしてそれが孤独死にもつながりやすいのだ。読者には、自分の“もしも”をイメージしてほしい。そして「人とのつながり」を維持し、「身の回りの整理」を進めることだ。

「もしも自分が認知症などで介護を受ける状態になったら、もしも災害が起きて物につぶされたら、もしも突然死したらと考えて、できる限り身の回りをスッキリさせておいたほうがいい。“もしも”に備えることが最期に自分の尊厳を保ちます」(石見さん)

通常の生活をしている独身者なら、遺品の量は約3トン分。理想的にはその半分の1.5トンで旅立ちたい。今回の現場は、2トンより少しだけ大きいトラックで収まったので、物の量はほぼ一般的だったといえる。これがゴミ屋敷だと「1ルームの部屋で2トントラック5台分」ということもある。