南三陸町の庁舎は、チリ地震津波を教訓にした鉄筋3階建ての防災対策庁舎だった。高さは約11メートル。ところが津波の警報を聞き、約30人の職員と庁舎屋上に上がった佐藤仁町長は、まもなく津波にのみ込まれた。佐藤町長は記者会見でこう振り返った。

「庁舎近くの住宅から、職員の妻が流されていくのが見えた。津波は何度も何度も襲ってきた。俺たちだけでも助かるぞ、と職員を鼓舞した。波が収まってからはネクタイを燃やして暖を取った。生き残った私たちは、つらくてもしっかり生きなければならない」

震災について釜石市で実態調査を進める群馬大学の片田敏孝教授は「従来の防災は被害想定に縛られていた」という。

「世界一の津波構造物といわれた釜石の防波堤でさえ一気に破壊された。ハザードマップなど、シナリオ想定に基づく防災対応には限界がある。これまでの防災は災害後の迅速な救援・復旧に力点が置かれていたが、想定を上回る事態は必ず起きる。『備える防災』だけでは限界がある。これからは『人を死なせない防災』を前提に、避難対策へ力を入れるべきだろう」

実際に釜石市では避難訓練の徹底により、市内の小中学校全14校の児童・生徒約3000人のほぼ全員が無事だった。釜石市の人口は約3万9000人。3月20日午前10時現在で、死者493人、行方不明者620人と報じられている。地震発生時、児童・生徒らは下校の直前で教室にいた。このため警報と同時に集団で行動を開始。あらかじめ決めていた近くの高台に避難した。片田教授はいう。

「どこにいても災害からは無縁ではない。残念ながら、住民の危機意識は防災施設が整うほど下がる傾向がある。多くの災害では避難が迅速ならば命は守れる。人間には『自分は助かるだろう』とリスク情報を軽んじる傾向がある。そうした『情報理解の非対称性』を踏まえたうえで、防災対策をやり直す必要がある」

震災前に『津波災害』(岩波新書)を上梓し、津波への警鐘を鳴らしていた関西大学・河田惠昭教授は「そもそも堤防はそこに来る津波を想定し、つくられてはいない」と話す。

「10メートルを超える高さの津波は、どのような海岸護岸や堤防も乗り越えてしまう。大津波警報(高さ3メートル以上の津波)が発令されたら、まずは避難することだ。そうすれば、命は助かる」

しかし、最近の津波災害では住民の避難率の低さが問題視されてきた。消防庁によると、10年2月のチリ沖で起きた地震津波では、168万人に避難指示や勧告が出されたが、このうち市町村が避難を確認できた住民は6万3000人で、避難率はわずか3.8%だった。しかも避難率は年々低くなっている。

河田教授はこうした傾向を憂慮し、「再び三陸地域に大津波が来れば、万を超える犠牲者が出る恐れもある」と危機感を募らせていた。それがついに現実のものとなってしまった。

※すべて雑誌掲載当時

(AP/AFLO=写真)