しかも詳細な記録が村に残っていて、誰がどの網を割り当てられて、エビを何匹獲ったか、さらには村の誰と誰がいさかいを起こしたかまでわかります。後藤はこの記録を利用して、その村の歴史的な出来事が現在の漁師たちの利他性にどのように影響しているかを調べました。

利他性を測るためには、独裁者ゲームと呼ばれる実験がよく使われます(図表1)。AさんとBさん二人をペアにして、Aさんにたとえば1000円を渡して、そのうちいくらかをBさんに渡すように言うというゲームです。

出所=『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』

AさんがBさんにいくら渡したかでAさんのBさんに対する利他性を測れます。この実験では誰が誰にいくら渡したかは被験者同士ではわからないようになっていますので、村の中での自分の評判を気にしてお金を渡すという可能性は低いでしょう。

このような調査と過去の記録を照らしあわせて分析した結果、現代の漁師AさんとBさんの先祖が同じグループにいて、しかも先祖が他のグループのメンバーといさかいを起こしていた場合には、AさんはBさんに対してたくさんのお金を渡すことがわかりました。さらに、先祖が他のグループのメンバーといさかいを起こしていた場合には、その子孫に対してはあまりお金を渡していませんでした。

つまり、他のグループとの紛争によって、同じグループ内のメンバーに対する利他性も他のグループに対する敵対心も強化されること、そしてその気持ちは世代を超えて伝わることがわかります。

ルールや制度によって信頼を醸成する

もし、私たちが本能的に排他的であるとすれば、人々がグローバル化に反対し、保護主義的な政策に賛同する気持ちを止めることは難しいということになります。

しかし、人間はよそ者に対して排他的なだけではありません。よそ者と共存共栄していくための本能も兼ね備えています。

マサチューセッツ大学のサミュエル・ボウルズと中央ヨーロッパ大学のハーバート・ギンタスがその著書『協力する種』で主張するように、「人々は自己利益のみを求めて協力するのではなく、心の底から他者の幸福を気にかける」という純粋に利他的な面を持っています。これも進化によって説明できます。利他性を持った集団のほうが互いに協調することで、そうでない集団よりも生き残りやすかったのです。

人間の閉鎖的な本能を抑えて、行き過ぎた保護主義、世界経済の分断を止めるためには、さまざまな工夫が必要です。

一つは、ルールづくりです。多様な個人や集団が互いに信頼して行動し、双方にとって利益が得られる「ウィン-ウィン」の関係を築くには、ルールや制度が整備されている必要があります。

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ゼロサム・ゲームではなくウィン-ウィンになれる枠組みをつくる

先ほどの信頼ゲームでは、集団の中で非協力的なメンバーに対して罰を与えるというルールと制度が存在している場合には、相手を信頼して多くのお金を渡すことが多いことが知られています。

泥棒洞窟実験では、二つの少年グループを、野球などの「ゼロサム・ゲーム」、つまり一方が勝てば一方が負ける枠組みで競争させると、集団内の仲間意識と他の集団に対する敵対心が強まりました。

しかし、双方が協力しなければ達成できないような目標を与えられると、二つのグループは敵対することをやめて協力しました。つまり、ウィン-ウィンの関係が築けるような枠組み、ルールが与えられれば、よそ者に対する排他性は緩和されるのです。