身内にやさしく、よそ者に厳しい
さらに重要な反グローバル化に結びつく人間の本能は、人間が閉鎖的な集団をつくり、集団外の「よそ者」に対しては排他的になりがちであることです。
このような性質は、人間だけではなく、チンパンジーなどの霊長類やオオカミ、ヒツジなど多くの動物に本能的に備わっています。進化心理学によれば、社会性を持って集団を形成することのできる個体が他者からの攻撃に耐えて生き残ることで、このような本能が長い進化の過程で構築されたと考えられます。
イエール大学で政治学・社会学講座の教授だったウィリアム・サムナーは1906年の論文で、自分が帰属していると感じる集団を「内集団」、他者と感じられる集団「外集団」と呼んで区別しました。そのうえで、人間が外集団よりも内集団に対して好意的である「内集団ひいき」と呼ばれる性質を持っていて、それが戦争や他民族蔑視や排斥の原因になっていると考えました。
このような内集団ひいきは、社会心理学では「最小条件集団実験」と呼ばれる実験によって確かめられています。この実験では、被験者に二種類の絵を見せて好きなほうを選ばせることで二つのグループにわけます。その後、各被験者に一定の報酬を渡し、それを二つのグループの人たちに分配するように求めました。
すると被験者は、二枚の絵で選んだその場限りの集団に属しているだけにもかかわらず、自分の所属するグループの人により多くの報酬を配分ました。つまり、密接な人間関係を基に構築された集団でなくても、内集団をひいきする気持ちが簡単に生じてしまうのです。
人間にとっての「身内」は150人
外国人に対する本能的な排他性を解決する一つの方法は、人間にとっての内集団を大規模化していくことです。つまりグローバル化によって外国人との交流が増えることで、地球全体を自分の内集団だと感じれば、外国人に対して排他的な気持ちを持つことはないはずです。
実際、進化心理学の大家であるオックスフォード大学のロビン・ダンバーの研究で、人間(ホモ・サピエンス)を含めた人類は、進化の過程で脳が大きくなるとともに群れの規模も大きくなったことがわかっています。その結果、人間の基本的な集団は、150人ほどで構成されるようになりました。しかも、基本的集団の規模は時代や社会的環境によってはあまり変化しません。
しかし、現代の地球上の人口は75億人に達しています。地球全体が一つの共同体であり、自分はその共同体のメンバーだと考えることは、人間がアフリカで出現して以来、20万年間にわたって数百人、数千人の集団に帰属意識を持ってきた人間にはなかなかできることではありません。
日本の社会心理学者の山岸俊男と行動生態学者である長谷川眞理子は、社会のサイズの激変にヒトの脳が対応できていないと述べています。
敵対心は世代を超えて伝わる
人間の閉鎖性は、集団の間の競争や紛争によってますます増幅されていきます。このことは直感的にも理解できますが、社会心理学や行動経済学の実験でも確かめられています。
神戸大学の後藤潤は19世紀から定置網によるエビ漁をしている南インドのケーララ州の漁村で興味深い分析を行っています。この村では100年以上続く伝統的なルールがあって、毎年漁師一人ひとりがくじを引いて、20ほどある定置網の一つを割り当てられます。