サクラやセミの観測はなぜ必要なのか

観測がなぜ重要かというと、観測がないと変化も予測も何も分からなくなるからだ。

撮影=高橋和也
観測対象から外れるシオカラトンボ

1952年(昭和27)に制定された気象業務法では、第一章が総則、そして第二章が観測で第三章が予報及び警報となっている。つまり観測は予報や警報の規定より上位で、業務法は縁の下の力持ちである観測の重要性をはっきりとうたっている。

また、生物季節観測は「防災」に直接関係がないので天気や気圧の観測とは違うのではないかとの見方もあるが、実はそうではない。今、地球規模で問題になっている温暖化や都市気候などの環境変化は、温度や湿度だけ測っていれば分かるというものでもない。例えば、サクラは暖かければ早く咲くと思われているが、冬の気温が高すぎると逆に花芽が成長できずに開花が遅れたりする。すでに鹿児島や高知などは、開花が東京より遅くなることが普通になってきており、将来は枯れることも心配されている。

またもう一つ例を挙げるとすれば、クマゼミだ。

クマゼミは現在、石垣(※)、沖縄、高知、大阪などの7カ所で観測されている。これに東京が含まれていないのは、もともとクマゼミは温暖な地方の生物で、観測が開始された頃は首都圏にほとんどいなかったからだ。ところが近年、首都圏でも普通に鳴き声が聞かれるようになってきた。ではいつから首都圏に生息するようになったのか。継続的な観測がどこにもないので、正確なところが分からないのだ。

※石垣島はリュウキュウクマゼミ

生物季節観測を見直すというのなら、むしろこのように生息域を広げつつあるクマゼミなど、地域に合わせて観測種目を増減するといった方法もあるだろう。

富士山の目視観測を20年以上続けた男性

今から約30年前(1992年)の冬、「大田区に、毎日、消防署の屋上に上って富士山をスケッチしている人がいる」と聞き、取材に伺ったことがある。

その方は小谷内栄二こやうちえいじさん、当時84歳。20年以上にわたって消防署の屋上に上り続け、スケッチをしていたという。近所にはビルが建ち富士山を見るには近くの消防署の屋上に上るしかなかったが、気象庁の天気相談所職員の計らいにより、一般には開放されていなかった消防署の屋上で“富士山の目視観測”を始めることができたのだ。

小谷内さんは毎朝7時45分に家を出ると、ゆっくり歩いてちょうど午前8時に消防署の屋上に着く。もちろんエレベーターはない。華奢な身体で、しかも足を引きずるようにして消防署の階段を一歩一歩と上がっていくのである。台風だろうが大雪だろうが決して休んだことはない。