似た情景は約90年前にも描かれていた
マスクキスを見ていてルネ・マグリット(René Magritte)の「恋人たちⅡ」(The LoversII, 1928)を思い出した。シュルレアリズム(超現実主義)の代表的画家マグリットが描いた白いベールで顔を覆った男女がキスする姿はとても印象的だが、非現実的でもある。
ところが1928年にマグリットによって描かれたシュール(超現実的)なキスのイメージが、2020年のバコロド合同結婚式で現実的イメージになってしまった。現実のマスクキスもシュールである。私たちが知っているキスのイメージから大きく外れた姿だ。もしマグリットがあの結婚式を見たら何と言っただろうか?
「マスクキス」はMERSの時にも見られた。MERSが大流行していた2015年6月19日当時の『大邱毎日新聞』1面トップに掲載されたのは、大邱のあるバス停でマスクをつけたままキスする恋人たちの写真だ(『大邱毎日新聞』ウ・テウク記者が撮ったこの写真はあまりに印象的だったため、韓国編集記者協会が選ぶ「今年の写真賞」にて2015年最高の作品に選ばれた)。
この写真の1面掲載には、深刻なMERS禍にあっても最後は私たちが勝つ、日常を続けていこうというメッセージも含まれていたはずだ。もちろん政治的解釈もできる。
10日間で累積患者数が75倍になった
当時は政府の対応が非難を受けていた。『大邱毎日新聞』としては、政府を支持するニュアンスで「MERSが深刻だとはいってもMERSの恐怖は過ぎ去ったから騒ぎ立てるのはよそう」というメッセージを打ち出すために、意図的にマスクキス写真を使ったと言えよう。そして実際に、恋人同士がマスクキスをする場面もかなりあったはずだ。デートやキスの回数を減らした人たちも多かっただろうし、あまり気にせず普段通りにキスやスキンシップをしていた人たちもいただろう。しかし、最初は淡々と過ごし鈍感だった人たちでさえ、時間が経つと変わっていった。
韓国初の新型コロナウイルスの陽性患者が発生した2020年1月20日から1カ月間は、まだ静かだった。2月18日までに感染が確認された患者も、たった31人だった。ところが、その次の日から1日に2倍ずつ(2月19日51人、20日104人、21日204人、22日433人)累積患者数が増えていった。
2月18日と2月28日を比べると、10日間の累積患者数が75倍にもなり、韓国社会はパニックに陥った。世界最速のスピードで検査をし、行動履歴を追跡し、隔離したおかげで、その後5日間は2.5倍増と落ち着いたが、2月に広がった不安は3月まで続いた。社会的関係を一時的に中断しようという政府や自治体の勧告のほか、市民の自発的な同調もあった。