現代版「逃散」によって国家は溶解していく

――コロナの感染予防という点から、国民に対する政府のコントロールが強くなることを懸念する声もあります。

【五木】僕はむしろ逆に、中央集権的なものは解体していく気がしています。いま、海外から日本に来た人たちのなかには、正式に外国人登録をせずに働いている人がいっぱいいるでしょう。彼らを抜きにして立ちゆかない現場も大勢ある。そういう既成事実を地方の産業体は認めているんですよね。そういうことを考えると、これから先はグズグズした世の中になっていくように思うんです。

僕はそれを現代の「逃散ちょうさん」と呼んでいます。最初に逃散するのはお金です。たとえば、ある程度の資産を持っている人たちは、シンガポールやオーストラリア、カナダなど、いろいろなところにセカンドハウスを買ってますね。香港なんかに資産を分散するようなことも、ずいぶん早くから行われてきていることで、みんな暗黙の内に知っていることです。

だから今後、仮に預金封鎖やデノミネーションのようなことが起こっても、あたふたするのは一般の庶民であって、資産家のお金はアジア各地に逃散しています。人間の逃散もやがて出てくるかもしれない。

撮影=尾藤能暢
作家 五木寛之氏

分散・拡散・逃散という「三散」の時代がやってくる

――コロナは現代の逃散にも影響を及ぼすのでしょうか。『大河の一滴』の中にも、今回のことを予言するかのようなウイルスと人間社会の話が出てきます。

【五木】現代の逃散じたいはコロナ以前から生じていたことです。ある媒体の記事で、コロナ後は、分散・拡散・逃散という「三散」の時代がやってくると話しました。権力の分散、情報の拡散、人やお金の逃散など、いずれもコロナ前から言われてきたことではあるけれど、コロナがきっかけになって、さまざまなことが同時的にガラガラと変わっていく。

現在のアメリカを見てもそう思います。僕らはいま、アメリカに対して戦後何度目かのショックを感じているでしょう。アメリカの長所も欠点もよくわかっているつもりでいたけれど、いまだに黒人差別問題の禍根が深く残っていた。日本は戦後、アメリカ化をめざして走ってきけれど、コロナも抑えられないし、奴隷制度の感覚も残り続けていることをあらためて知って、アメリカのイメージはいま大きく瓦解しているんじゃないでしょうか。

アメリカに対するイメージがそういうやって変わることは、沖縄の問題や安保の問題にも影を落としていくでしょう。アメリカの幻想が崩壊していることもまた、時代が大きく変わることの予兆のように感じます。

こうしたさまざまな世の中の変化を肌身に感じて、夜にウロウロしている時代じゃないよという声なき声が響いたからこそ、さしたる努力もなく、夜型から朝型へ転換ができたのでしょう。これは本当に天の配剤のような感じがします。理屈では割り切れない、他力の風が吹いたんです。(後編に続く)

(聞き手・構成=斎藤哲也)
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