「お前は浅倉南に、絶対に、なれる」
それで、記念すべきわたしの売り子デビュー戦。右肩には「外野席1位」の腕章。
すごくない? まだ1杯も売ってすらいないのに、1位。
生まれもってのスター。
まあ、わたし以外、売り子いないからなんだけど。とんだ叙述トリックである。
マネージャーから「岸田さんはあっちのカウンターで自分でコーヒーつくって補給してね」といわれたときは、象印のポットでなぐってやろうかと思った。
それで、まあ、だまされたと思って売ってみたんですよ。
うん。だまされた。わかってた。
全然、売れない。売れないったらない。お客さんが2度見してくる。
「暑いな、のど渇かわいたな。おっ、あの子から買おうかな……コーヒーかあ。……ホットコーヒー!?」
っていう心の声が5.1chサラウンドかってくらいの立体高音質で聞こえる。
もう、スティック砂糖単体で売った方が、まだ売れるんちゃうかと。
ブドウ糖の直売りの方が勝機見えるビジネスモデル。完全に狂ってる。
でも、わたしの中の卍の敷田が、声をはり上げる。がんばれと。負けるなと。
お前は浅倉南に、絶対に、なれると。
少年野球の引率という太客を見つけた
それから、とにかく創意工夫をこらした。
まず出勤日を、比較的冷え込む日のナイターや、雨予報の日にしぼった。
そうすると、外野席で雨に濡れてる人や、内野席の一番上で吹きさらしに遭ってる人が、たまに買ってくれる。
加えて、買ってくれそうな人の見極めも重要だ。おじいちゃんとか、おばあちゃんの方が、買ってくれる確率高い。
少年野球の引率の監督とお母さんという太客を見つけてからのわたしは、すごかった。ポットとマドラーを片手に球場を舞う、蝶だった。
蝶は、最終的にmixiの甲子園球場コミュニティを見つけ、そこに潜り込み「売り子だけどひとりでコーヒー売らされてる助けて」と書き込み、お情けの力を惜しみなく使って1日数十杯を売り上げた。