香港国家安全維持法はなぜ愚策か

コロナ禍で中国が推進している戦略は彼らの理屈で言えば「したたか」なのかもしれないが、普通に考えればあまりにも「愚か」なものだ。だが、それらを率直に教えてあげる役割がこれまでは不在だった。南シナ海や東シナ海で活発化させる海洋進出は、かねてアジア諸国の反発を招いてきたが、ここにきて中国の横暴ぶりがクローズアップされているのは人権侵害や弾圧、スパイ行為といったハリウッド映画も顔負けの「裏の国家像」が見えてきたからだ。日本では当たり前と思われている「自由、法の支配、基本的人権の尊重」という価値観は、かの国にはないに等しいと指摘されている。

ハイテク産業を育成し、海外企業を呼び込みながら急成長してきた中国の「裏の顔」が暴露される引き金となったのは、欧米の「虎の尾」を踏んだためだろう。1842年のアヘン戦争終了から150年以上も英国が植民地として統治した香港で6月末、香港国家安全維持法が施行。中国に返還した1997年から2047年までの50年間は「一国二制度」の下で高度な自治を認めると合意したはずだったが、中国はその約束をいとも簡単に反故にし、国家分裂や政権転覆を狙う行為などを犯罪とする悪法の施行に踏み切った。

厳しい視線が注がれる中国の人権問題

この法がバカげているのは、単に香港での自由を制限するだけにとどまらず、中国の外であっても、いわば地球上のどこでも、同様の行為をした場合には中国が法律違反に問うことができる「域外適用」を可能にしていることにある。中国共産党による独裁を批判する勢力に対しては「どこにいても追い込みをかけて潰していきます」と宣言しているに等しい。それは日本においても同じで、さすがに「ジャイアンぶり、どんだけ~」とツッコミを入れる声も聞こえてきそうだが、ドMでもない限り看過することはできないレベルだ。とりわけ、旧宗主国の英国をはじめ主要国は怒り心頭だった。

英国のボリス・ジョンソン首相は香港市民を対象に英国の「市民権」を付与する意向を表明するとともに、香港との犯罪人引き渡し条約を停止する方針を示した。英国内で中国批判した人物を中国側に引き渡す可能性を排除した形で、ドミニク・ラーブ外相は「この条約が悪用されるのを避けることが確実になるまで対応は変更しない」と説明した。同様の措置は豪州やカナダでも見られている。

英政府は次世代通信規格「5G」システムから中国通信機器「ファーウェイ」を締め出す方針で、7月19日には新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族などに対する中国の弾圧に対しても深い憂慮を表明し、人権問題についても積極的に取り上げていく姿勢を見せた。中国外務省は「香港で植民地としての影響が続いているとの幻想を捨てるよう促す」と報復措置に出る可能性に言及したが、訳の分からない狼狽ぶりはそれだけ人権問題などに世界の厳しい視線が注がれることを嫌っている証左とも言える。