幻の報告書をめぐる奇妙な風景

日本経済新聞は中間解析結果について次のように書いている「患者数は86人を計画しており、このほど独立した第三者機関が患者40人程度までの中間解析をまとめた」。だが解析が有効性を評価したものではないとの記述もない。

「中間解析結果」は第三者機関がまとめたものだが、どの記事をみても中身についての記述はない。アビガンの有効性が問題になっているのに、肝心の論拠となるべき報告書を共同通信はじめメディアはどうも見ていないようだ。有効性があるかないか、その根拠になっている報告書を検証することなくアビガンの有効性が記事なっている。

ちなみに研究代表の藤田医大もこの報告書は見てないという。こうなるとメディアと藤田医大は、見たこともない幻の報告書をめぐって有効性の是非を論じていることになる。なんとも奇妙な光景である。

仮にアビガンに「有効性がない」ことが事実だとすれば、ことは重大である。政府は米ギリアド・サイエンシズ社が開発したレムデシベル同様、「特例承認」という制度を使ってアビガンの早期承認を目指している。

安倍首相は今月初め「有効性が認められれば、5月中の承認もありうる」と公言した。いずれにしても早期承認を実現するには、明確なデータの裏付けが必要になる。

その裏付けをめぐるメディアの報道に不確実性がつきまとっている。フェイクニュースとは言わないまでも、共同通信の記事の弱みは、報告書の中身に関する記載がないことだ。加えて、「有効性」を評価している一番肝心な第三者機関への取材もない。物証がない、あるいは入手が非常に困難なケースでは、複数の証言だけで記事を書くことはあるし、それは許される。だが、今回は中間報告書の存在は明確だっただけに、「特ダネ」と断言はしづらい。

アビガンにはもともと催奇形性といった問題があると指摘されており、妊婦などへの投与は禁止されている。記事を読む限り「安全性に問題がない」という土井教授の発言が、副作用を含めて問題がないことを意味しているのか、NHKの記事からはそれも読み取れない。

以上がアビガンの有効性をめぐって5月19日から20日にかけて表面化した動きの概要である。一般の読者はメディアの報道を通してしか事実関係は確認できない。複数の記事を読みくらべることもほとんどないだろう。だとすれば今回の記事は、一般の読者にはどのように読まれるのだろうか。

特措法に基づく緊急事態宣言が25日に全面解除された。日本は第1波の抑え込みに成功したものの、これから第2波、第3波の襲来が懸念されている。

「新しい生活様式」の徹底以外にコロナウイルスに対抗する手段を持たない政府も国民も、治療薬としてアビガンの「有効性」が立証され、早期に承認されることに期待を寄せている。こうした背景を考えればアビガンの「有効性」めぐって、このタイミングで正確な情報を提供することは報道機関の使命だろう。

20日の深夜に、この件に関連して日本経済新聞電子版に掲載された記事には次のような一文が挿入されている。「新型コロナは8割が軽症で自然に治るとされるため、軽症者向けの薬の有効性を確認するのは難しいという指摘もある」。

藤田医大など複数の病院で実施されている臨床研究は、軽症者や無症状者が対象になっている。とすればこの薬の「有効性」を確認する臨床研究には、日経新聞が指摘するような難しさがつきまとっているとみていいだろう。