「私はいつまでまっすぐ立っていられるだろうか?」
母親は耳が遠く、会話が成立しない。そのため金田さんは、「歯を磨いて」「手を洗って」という最低限の声掛けしかしなくなった。聞こえないのをいいことに、「もう! 邪魔ばかりして!」「余計なことしないで!」と悪態を吐いた。
しかし、補聴器を新調すると、突然母親は言った。「いつもありがとう。世話かけるな」。びっくりした金田さんは、「頑張って長生きしてや」と返す。母親は「もうええわ」と目を伏せるが、金田さんが「そう言わんと生きててほしい」と言うと、「うれしい」とほほ笑んだ。
「88歳になった母は、最近ますます食欲が落ちているので、もう長くないのではないかと心配になります。夫との離婚を視野に入れている今、母の年金をあてにして暮らしている自分がいます。そのこともあって、母が亡くなることがすごく怖い。醜い私、惨めで情けない自分が嫌になります」
パートに出る時間を増やそうと思っていたが、コロナの影響で営業時間短縮となり、むしろ少なくなってしまった。
金田さんには3歳上に兄がいるが、遠方で暮らしているため、年に1〜2回ほどしか会えない。
「兄は、いつでも相談には乗ってくれますし、『しんどいなら少し離れて放置してもいいよ。任せている以上、何があっても文句は言わないから』と言ってくれるので、気持ち的な負担は薄れます。それでも、介護しているのが私だけなのは変わらない。万が一私が事故にあったり、病気になったりしたらどうなるのかと思うと不安です」
金田さんは、一人で抱え込み過ぎないようにするため、「介護のプロに助けてもらうことを悪だと思わないこと」と、自分に言い聞かせている。精神的に追い詰められたとき、デイサービスやショートステイなどを利用して母から離れ、自由に外出したり、好きな映画を観たりして、気分転換に努めてきた。
「母をショートステイに預けた夜、時間を気にせず出掛けられ、解放感を満喫しました。お風呂に入るときも、いきなり給湯器を消されたり、突然裸になって入って来られたりすることもなく、ゆっくりできて幸せでした。でも、いないと寂しい。なんだか悲しい。母がいなくなれば、私は独りぼっち……。そう思うと、ものすごく悲しくなります」
日々、心は激しく動揺し、体も消耗している金田さんは、「私は今日、まっすぐ立っていられるだろうか? いつまで立っていられるのだろうか?」と、一人自分に問いかける。