制度が整っているのに「やりたくない」

先ほど、日本では約6000万人が働いていると述べたが、このうち、専門職、管理職、事務職の従事者は2600万人と割合的にはもっとも多い。確かに職種上、テレワークができない人が多数存在しているのはまちがいないが、一方で、原理的にテレワークができる労働者がそれなりの割合で存在しているのも事実である。

2600万人の労働者が原理的にテレワークが可能であると仮定すると、300万人から400万人という数字はやはり少ないと判断してよいだろう。

多くのビジネスパーソンがテレワークの必要性を感じており、理屈上はテレワークに移行できる職種でありながら、十数%程度しかテレワークに移行していないのはなぜだろうか。

先ほどのパーソルの調査では、テレワークを実施していない理由としてもっとも多かったのは「テレワーク制度が整備されていない(41.1%)」というものであった。3番目にはテレワークのためのシステム環境が整っていないという項目があるが、比率は低く17.5%となっている。

つまり半分近くの会社は物理的な環境が整っているにもかかわらず、制度が整備されていないので実施できないという話になるわけだが、この理由は半分は疑ってかかった方がよいだろう。日本人が「制度がないので実行できない」と説明する時には、たいていの場合、「やりたくない」という意識が存在しているからだ。

テレワークを不可能にする日本の組織文化

テレワークを実施するためには、パソコンや通信環境など物理的な環境が整っている必要があるが、それだけでは不十分である。テレワークを実施するにあたってもっとも重要なのは、仕事の進め方、指示の出し方、評価の仕方といったソフト面である。

日本の職場では、全員が顔を突き合わせ、お互いの様子を見ながら仕事を進めていくというやり方が標準的になっている。これはとりもなおさず、仕事の役割分担が明確ではなく、上司の指示の出し方も曖昧であることの裏返しである。

仕事の責任範囲が不明瞭であれば、タスクに基づいて評価することはできないので、「いつもがんばっている」といった情緒的な部分が評価の対象となる。

こうした組織文化の場合、個人が責任を持って仕事を完結できないので、全員が同じ時間に出社し、最後の仕事が終わるまで、皆が残業する結果となる。当然のことながら、これでは満員電車による通勤を回避することは不可能である。

日本は数年前から働き方改革が叫ばれているが、あまり成果をあげているとは言い難い。その最大の理由は、このような「論理」を軽視した企業文化にあるとみてよいだろう。