昔ならスポーツ、いわゆる体育会系を題材にすることが多かったけれども、文科系の活動に対する評価や興味の高まりがまず漫画界で起こり、続いて歴史小説にも伝播しているのではないか。国盗りみたいな大きなことじゃなくて、文化的なことのほうに憧れる人たちが多くなり、そうした現代人の気持ちに応えているのだと思います。

私の趣味で入れたのが、植松三十里の『帝国ホテル建築物語』と辻村深月の『東京會舘とわたし』。前者はフランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル2代目本館がいかに造られたかという話で、後者は東京會舘が建てられた大正時代から現代までの中で、東京會舘を舞台に起きた物語で構成されている。歴史を描くとき基本的には人物で語るけれど、建物で語るという両作のユニークさに感心させられました。

歴史小説を書きたい人は、歴史漫画で勉強せよ

最後に漫画作品に目を向けてみましょう。ゆうきまさみの『新九郎、奔る!』は、北条早雲の名で知られる戦国大名の嚆矢、伊勢新九郎の一代記です。

現在連載中で応仁の乱に入っているのですが、応仁の乱ってとにかくわかりづらいのに、この漫画を読むとすっと頭に入ってくる。ものすごく展開が整理されているうえ、絵からの情報量が多いんです。しっかり描かれた漫画は小説以上にわかりやすいという好例ですね。一ノ関圭の『鼻紙写楽』、谷口ジローの『ふらり』、岡田屋鉄蔵の『MUZIN 無尽』、この辺の作品はものすごく絵としての考証がしっかりしているので、「歴史小説とか時代小説を書きたい人は、こういうのを見て勉強したほうがいいよ」と言いたくなるぐらいです。

香日ゆらの『先生と僕 ~夏目漱石を囲む人々~』は、作者があまりに夏目漱石を好きすぎて、漱石と周囲の友人や弟子たちの話を四コマ漫画にしてしまったという愉快な作品。この人物をこう描くんだとか、漱石に関する知識があればあるほど楽しめます。

漫画にせよ小説にせよ、特に歴史ものは、少なくともある程度有名な事件とか人物については、自分の中で「あれはああだよね」という物差しがあったほうがいいでしょうね。

そうすると自分の物差しと違った作品と出会ったとき、どれだけすごいことが描かれているか、通説をいかにひねっているかがわかって、より面白く読めるんですよ」