捕物帳小説の第1号『半七捕物帳』

以上ふたつの基準で選んだほかは、私の好みで入れさせてもらいました。

国枝史郎『神州纐纈しんしゅうこうけつ』、角田喜久雄『髑髏銭どくろせん』、半村良『妖星伝』は、歴史伝奇ものの傑作。

縄田一男氏おすすめの小説

岡本綺堂『半七捕物帳』は、英語が堪能だった作者がシャーロック・ホームズに範を採って書いたもので、捕物帳小説の第1号です。作者の記憶に残っている江戸の風景や風俗が非常にリアルに再現されている点でも、価値があります。

白井喬二の『富士に立つ影』は『大菩薩峠』と並んで時代小説の主人公の典型をつくったとされる大長編。ですが『大菩薩峠』とは対照的に、主人公が陽性なんです。その系譜につながるのが山手樹一郎の『桃太郎侍』ですね。テレビで高橋英樹がやった桃さんは敵をバッタバッタと斬っちゃいますが、原作ではなるべく人は斬らないんですよ、陽性のヒーローだから。

時代劇の神髄は斬って斬られる修羅場にあり

映画、テレビからは、その時代で画期的だったものとか、シリーズものの中で特別な意味を持った作品を挙げました。阪東妻三郎主演の『雄呂血』は、珍しく完璧な形で残っている無声映画なんですよ。主人公が善人であるにもかかわらず、誤解が誤解を生んで無頼漢だとみんなに言われ、最後に大捕物になるんですが、これがすさまじい。

時代劇の神髄とは、斬って斬られる修羅場の中にこそ表れて本当だろうと思うんですが、最後に20分ほどあの手この手の斬り合いが続くんです。カメラワークだって、現代よりむしろすごいぐらいに動きがある。名画『モロッコ』のスタンバーグ監督がこの作品を見終わったあと、スクリーンに向かって一礼したという伝説が残っているくらいです。

市川雷蔵の『ひとり狼』は、渡世人の主人公がラスト、生き別れていた息子の見ている前で斬り合いをしなければならなくなるんですが、「よーく見ておけ。これは人間のすることじゃねえんだぞ」と言う。その厳しさが、ちょっとハッとするぐらいの迫力なんです。中村錦之助の『関の彌太ッぺ』と併せ、戦後の股旅映画の傑作です。

テレビドラマでは杉良太郎主演の『右門捕物帖・第1部』。なにしろ脚本がともに後年、歴史小説家に転身する隆慶一郎と池宮彰一郎ですから。右門はむっつり右門というあだ名なんですが、NET(現・テレビ朝日)版のこれは、むっつりを“強面のハードボイルド”と解釈したんです。見ていて毎週背筋がピンとなるような作品で、とても見ごたえがありましたね」

杉良太郎主演の『右門捕物帖』/石川雷蔵主演『ひとり狼』/中村錦之助の『関の彌太ッぺ』
縄田一男氏おすすめの小説
(構成=河崎三行)
【関連記事】
「麒麟がくる」の"美濃の蝮"斎藤道三はなぜ、油売りから国主になれたのか
私財20億円を研究者に与えて消えた「戦前の富豪」の生き様
野村克也はなぜ「明智光秀のように死にたい」と話していたか
敗戦をヒトラーのせいにした「戦車将軍」のウソ
ローマ教皇が「ゾンビの国・日本」に送った言葉