ネット空間から生まれた「国会パブリックビューイング」

——なぜ2018年に「国会パブリックビューイング」が始まったのですか。

上西教授(写真=菅原雄太)

2018年6月15日、東京・新橋駅前のSL広場で国会PVを初めて開きました。街頭上映会というアイデアを思いついたのはその4日前です。ツイッターで「街頭上映会とか、できないですかね」とつぶやいたら、ものすごいスピードで形になりました。新橋駅前での上映会は、面識もない人たちと組んで始めたものなんです。

当時、国会では「働き改革関連法案」の審議が大詰めを迎えていました。国会PVの出発点は、この法案の中で政府が実現しようとしていた「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)の問題点を世の中に発信しようと思ったからです。

「働き方改革」と言えば聞こえはいいのですが、当初、この法案には時間外労働に罰則付きの上限を設ける規制強化を盛り込む一方、裁量労働制の対象業務を広げ、高プロという規制緩和策を抱き合わせたものでした。

労働時間に関係なく成果をあげた人が高い賃金を得ることができるかのように喧伝された訳ですが、労働時間規制が及ばない労働者の類型を新たに生み出すことによって、労働条件の最低基準を定めた労働基準法に穴が開き、形骸化してしまう危機感がありました。

きっかけは「働き方改革」の国会審議

——裁量労働制の拡大は法案提出前に削除されていますね。

そうですね。私は政府が根拠としていたデータの間違いを見つけ、ウェブ上で記事を書いて問題点を指摘していました。すると、野党議員がその問題を国会で取り上げました。最終的には、安倍晋三首相が答弁を撤回し、法案からの削除にもつながったのです。

実際の国会審議をじっくり見始めたのは2017年からだったのですが、この経験から、国会に目を向け、おかしいと思うことはおかしいと声を上げることに意味があるんだと感じましたね。

——高プロはどうなったのでしょうか。

国会パブリックビューイングのチラシ(写真=菅原雄太)

野党は同じように法案の問題点を厳しく追及しました。法案の提出理由の大前提が崩れるところまで行きましたが、法案からの削除には至らないわけです。

これはもう論じゃないんだと思いました。論で詰めるだけでは、無理なんだと。

それに、大手メディアの動きが鈍かったんです。裁量労働制の時は新聞やテレビ、ワイドショーでも取り上げられましたが、高プロは危機感が共有されていないと感じました。

ウェブ記事で問題点を指摘しても、関心のある人の範囲を超えて読まれることは難しいですね。ツイッターでつぶやいても同じことです。国会や官邸、議員会館前の抗議集会も、関心を持っている人しか集まりません。

写真提供=上西充子教授
2018年10月7日、長野県松本市の松本駅前で開かれた「国会パブリックビューイング」。テーマは働き方改革。東京以外の都市でも活動が広がっている。

その範囲を超えて、広く認知してほしかったんです。いま国会で何が、どう議論されているのかを見てもらおうと思い、街頭上映会を企画したんです。

「声をかけない洋服屋さん」方式

——見守るだけですか? 

はい、当初は解説つきの番組を上映し、私たちは離れて見守るだけでした。私は「声をかけない洋服屋さん」方式と呼んでいます。街頭活動の主催者は「話を聞いてほしい」「伝えたい」という気持ちが前面に出てしまうあまり、声を張り上げたり、刺激的な言葉を掲げたりすることがあります。

でも、それって見る側からすれば引いちゃうと思うんです。相手に伝える、届けるためにも「相手への敬意」が必要だと思います。聞いてくれるか否か、足を止めてくれるか否かは相手にゆだねる、それが「声をかけない洋服屋さん」方式です。