死への恐怖は尽きない

しかし、2020年現在も、人間の死亡確率は100%だ。死と向き合うために宗教が生まれたとも言われるが、今は技術もある。これまで宇宙事業をはじめ不可能を可能にしてきたアメリカの起業家イーロン・マスクが、脳とコンピュータをつなげる事業を進めている。それが発展すれば不老不死が実現する未来は近いかもしれない。ただ、脳とコンピュータが接続されてもハッキングされたら……と考えると、死への恐怖は尽きない。

そんなときに偶然出合ったのが、手塚治虫さんの漫画「火の鳥」だ。

「火の鳥」は手塚さんが晩年までライフワークとして描き続けた長編漫画だ。作品では、その血を飲めば、永遠の命が手に入るとされた火の鳥が、「死にたくない」などの煩悩を抱く人々の前に時代を超えて現れる。

「火の鳥」について、手塚さんは著書『ぼくのマンガ人生』(岩波新書)で次のように語っている。

「これに出てくる火の鳥は鳥ではなく、生命の象徴みたいなものです。この鳥にまつわって登場するさまざまな人間が、一人残らず命に執着している。(中略)そういうことに執着していろいろと苦しむのです。そういうことがテーマになっているのですが、これは言い換えればぼくの煩悩でもあって、ぼくも死にたくない。それをもう1人のぼくが、この火の鳥に姿を変えているのかもしれませんが、『いや、お前だってただの人間なのだ。いずれは死ぬ。だから死ぬまでの生きがいみたいなものをよく体験しておけよ』ということを自分自身に言い聞かせている」

なぜ手塚さんは「火の鳥」を描き始めたのだろうか。手塚プロダクションの松谷孝征社長は次のように語る。

「手塚は戦争を実体験しています。終戦のときは16歳。漫画にもしていますが、戦争で人も牛もバタバタ死んでいる光景を目の当たりにしていました。そのことが手塚に大きな影響を与え、命の尊さというものを『火の鳥』に限らず漫画全体のテーマとしていると思います」