70代の母親と同居している、40代のDさん
若年層のひきこもり相談は、両親のどちらかが子どもの状態を心配して窓口を訪れるかたちで始まることが多い。しかし、高齢化が進み、自分たちの介護が必要となる段階の親たちが、子どもの相談を新たに始めるのは難しい。すでに触れたように自立相談支援窓口から寄せられた事例では、父母が高齢の場合や死亡している場合も多く、ひきこもり相談に専念できる時期は過ぎている。それが川崎の事件の事例であり、地域包括支援センターが出合う事例である。
具体的な支援例を見ていこう。40代のDさんは、父親とは死別しており、70代の母親と同居している。高齢者介護を受けている母親が、介護支援専門員・ケアマネジャーを通じて自立相談支援窓口に「息子のことが心配だ」と連絡をした。
Dさんは学生時代に受けたいじめがきっかけで、ひきこもり状態になったという。以後、20代、30代と長らくひきこもっていた。また対人不安、強迫性障害などの精神疾患を発症しているため、本人が外出することも、同相談窓口の支援者が訪問することも困難だった。
電話相談、母親との協力体制で10年ぶりの外出
しかし、支援者はあきらめずにDさんに定期的に電話相談をおこなった。また、ケアマネジャーを通じてDさんの成育歴や家計状況を母親から聞き、母親にも本人支援に協力してもらえるような体制をつくった。
ある日、Dさんが自宅でけがをした。病院に同行してほしいとDさんが自ら自立相談支援窓口を訪れたことから、本人と初めて接触することができた。Dさんの信頼を得ていたこと、関係機関との連携により母親ともつながっていたことが、彼らのSOSのキャッチにつながったと思われる。Dさんにとって外出は10年ぶりのことだった。
この例では、高齢の母親が自らひきこもりの相談に動くことはできないが、介護を担当するケアマネジャーは息子の成育歴などを詳しく聞くことができた。このように複数の機関のあいだで丁寧な情報収集を積み重ねたことが、Dさんが自らSOSを発することをスムーズにしたといえよう。