ニュースでクーデター発生を知りました
私自身、何度となく人生の中で政治に翻弄されてきました。ボイコットはもちろん、ソ連崩壊の直前である91年8月、クーデターによってゴルバチョフが監禁されたとき、私はちょうど東京で開催される世界陸上のため飛行機に乗っていました。出発前夜、モスクワへパスポートを受け取りに行ったわけですが、その夜のニュースでクーデター発生を知りました。翌朝目覚めると路上を戦車が走り回っていました。その後私はパスポートを受け取り、出国できることになり空港へ向かいましたが、その途上で首都を目指す60~70台の戦車群を目撃しました。悪い兆候であることは明らかでした。
東京に到着したとき、私は真っ先に飛行機を降りるよう呼び出しを受けました。100人以上の記者たちが殺到してきて質問の嵐となりましたが、私は飛行機の中にいたわけですから、答えようがありませんでした。数日後にクリミアの別荘からゴルバチョフが解放されてモスクワに戻ることができ、家族の安全を確認してからやっと競技に集中できるようになったわけです。本当に過酷な試練でした。
とはいっても、ソ連には問題ばかりがあったわけではありません。モスクワ郊外にスポーツセンターがあり、よくそこに強化選手が集まり、日本を含め外国の選手も寝泊まりしていました。そこでは、お互いのワザを教え合ったり道具を分かち合ったりするのは普通でした。最強の競争相手に私のポール(棒高跳びの棒)を貸すことにも何の抵抗もありませんでした。老人や障碍者、病人などに席を譲るのも当たり前のことでした。こういうソビエトの文化は、今の時代においても若者たちへ伝えられるべき価値が十分にあると私は考えています。
私の息子、セルゲイ・ジュニアはかつてプロテニス選手として活動していました。そして、テニス界にはロジャー・フェデラーという史上最高の選手がいまだに健在です。私は個人的にも彼を知っていますが、天性に加えて、競技に対する愛情が長続きすること、全世界に喜びをもたらすという強い動機付けがあることが彼とほかの選手を大きく分ける要因でしょう。
技術と情熱、練習態度、健康維持、これらがすべて合わさって世界王者の地位を維持できるのだと思います。そして優れたコーチの存在も重要です。そのうえで、小さな調整を重ね、対戦相手に対応できること、1つの目標を達成しても次の目標を設定し続けられること、これを可能にするにはメンタルの強さが必要です。そして、メンタルの強化は後天的な訓練で可能なのです。