「もっと、よく考えてみろ。水道光熱費や店長以外のアルバイトの給料は、ランチをやらなければかからないから、変動費になるだろ」

「……言われてみたら、そうですね」

「『ランチの売上-ランチの材料費-水道光熱費-アルバイトの給料=ランチの貢献利益』がマイナスだから、その居酒屋は、ランチをやっていないんだ。そこで、売上を伸ばして、賃料や最初の設備投資のお金を回収したいと焦ってしまう経営者は、貢献利益が赤字であることを無視して、ランチをやり続けてしまうんだ」

「つまり……貢献利益を計算できていない私の場合、営業時間を延ばしても、それで、どれだけ儲かるのか、わからないってことなんですね」

飯島は、蚊の鳴くような小さな声で言った。

「早朝と深夜の営業の場合、アルバイトの人数が少ないとしても、昼間よりも時給は高くなる。それに、夜はすべての電気をつけておくから、水道光熱費も高くなるだろ。もともと、銀座のサラリーマンが、出勤前に食べるとは思えないし、夜中に年齢層が高い顧客が、胃がもたれるのに、そんなに菓子を買わないだろう。貢献利益がマイナスになる確率は高いと考えるのが、自然だよ」

男はそう言うと、飯島を縛っていた手と足のロープを、ナイフで切り始めた。

○財務会計と管理会計
財務会計とは、決算書を中心とする会計情報を、会社外部の利害関係者(債権者、株主、税務署など)に提出することを目的とする会計のこと。一方、管理会計とは、会社内部の管理者(取締役、部長、工場長など)に提出することで、経営の意思決定や業績の評価に役立てることを目的とする会計のこと。経費を変動費と固定費に分けて、貢献利益を計算し、それによって経営を分析することは、管理会計でよく行われる手法である。
(構成=斉藤栄一郎 撮影=市来朋久 撮影協力=モナムール清風堂(東京都府中市))