男は目を細めながら、話を聞き続けた。そして、飯島の話が終わると、目の前で腰を下ろして「ふーっ」と大きく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。

「話はわかった。だがな、あんたの苦労話と売上は、残念ながら関係しないんだよ」

「なんと言われても、私はこの店を続けますよ! 実は、自分なりに対策も考えていたんです」

「対策?」

「はい。今は朝11時から夜8時までしか営業していませんが、これからは、もっとお客さんを取り込むために、営業時間を朝7時から夜11時まで、延長するつもりです」

「そんなことしたら、おまえ、体を壊すぞ」

「壊れたって、構いません! 嫁さんに苦労をかけるよりは、マシです!」

飯島は、目に涙をためながら男に食ってかかった。しかし、男は眉ひとつ動かさず、無表情な顔で、静かに話し始めた。

「その意気込みだけは、買ってやるよ。だが残念ながら、その営業時間延長の作戦は、高い確率で失敗する」

「でも、営業時間を延ばせば、それだけ売上だって……」

「営業時間を延ばして、その時間帯の貢献利益がプラスになれば、確かにいいよ。でもな、何が変動費なのか、もう一度、よく考えてみろよ。固定費だって思っていたものが、変動費ってこともあるんだ」

「うちのお店で、材料費以外で、変動費なんて、あるんですか?」

「周りの居酒屋って、みんながランチをやっているわけじゃないだろ? 材料費以外が、すべて固定費ならば、それを回収するために、ランチはやるべきだって思わないか?」

「それは、純粋に店長のやる気の問題ですよ。居酒屋ならば、ランチで余った材料を夜に使い回せるから……ランチをやれば、お店の貢献利益を大きくできるはずです」