乳房は男性や赤ちゃんのものではなく、自分のもの

それはもちろん、ファッションのジェンダーレス志向や自らの心地よさを追求する傾向と重なっている。もちろん「ハンサム胸」などは筋肉女子のジェンダーレスな身体にも通じるだろう。

「ふっくらまるくてカワイイ」美乳からかっこいい「ハンサム胸」へ。それはいったい誰のための美乳なのか。誰のために美乳を作るのか。同じ美乳の「つくり方」でも、10年間でその対象は大きく変化したのである。男のための美乳から、自分のための美乳へ。私が心地よいと思える私のための、ヘルシーかつ、意志的な美乳を努力によって作りあげる時代になったのだ。

思えば、今までの乳房はあまりにも男性や赤ちゃんのものであった。女らしさや母性の象徴でありすぎたのではないだろうか。「うっとり美乳」や「おしゃれ美乳」を経て行きついた「ハンサム胸」は女、妻、母という役割から解き放たれた自由な乳房、私の乳房を女性たちがようやく手に入れたということではないだろうか。

それは、筋肉女子の割れた腹筋や見事な肩甲骨、強さを感じさせる脚にも通じる。従来のまるく、優しく、曲線を描く「女性らしい」身体とは異なる、「強い」身体を女性たちは自らが積極的に求めるようになった。私のカラダは私のものとやっと声を大にして言える時が来たということではないだろうか。

セクシーな下着はもういらない——ブラトップと勝負下着

女性たちが求める身体の変化は、当然のことながら、その身体を包む下着にも大きな変化をもたらしている。今までのように、セクシーな下着が売れなくなってきているのだ。それは、日本だけでなく、世界的な傾向であるらしい。

《米国ではセクシーな下着の不人気で「ヴィクトリアズ・シークレット」が毎年恒例のランジェリーショーのテレビ中継打ち切りに追い込まれ、わが国でも一時はセクシーイメージで人気だった「ピーチ・ジョン」の不振でワコールホールディングスが巨額の減損処理に追い込まれて97%の減益(連結純利益、営業利益も58%の減益)決算になり、アツギはストッキングの不振で31億円の赤字(純損失、営業損益も9億円の赤字)に転落した(「今女性の下着に何が起こっているのか」商業界ONLINE)》

米澤泉『筋肉女子 なぜ私たちは筋トレに魅せられるのか』(秀和システム)

華やかでセクシーな下着の代名詞だった「ヴィクトリアズ・シークレット」が2017年1月をピークに勢いを失い、販売不振に喘いでいるというのである。

一方で、アメリカン・イーグルというカジュアルブランドが手掛ける下着ライン「エアリ」は逆に売上げを伸ばしている。ヘルシー&ナチュラルをコンセプトとするこのブランドは、下着もシンプルで飾り気のないものが中心だ。レースやリボンはもちろん、タンガ(Tバック)やガーターベルトなど過剰なセクシーさを強調するアイテムは皆無である。

通販サイトで「エアリ」の下着を身に付けるモデルたちは、セクシーなポーズを取ることなく、ライフスタイルに溶け込むように自然な笑顔を見せている。セクシーからヘルシー&ナチュラルへ米国女性たちの嗜好もここ数年で大きく変化している。